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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第五章 いつだって人は選択できる
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彼が望む恋人の戯れ

 私は腕の中に納まったアレンに様子に、私がとっても間違った事をして彼を傷つけてしまったのだと思った。


「ええと。あなたから抱きしめたかった、という事なのかしら?」


「違う。君に抱きしめられて俺は嬉しいよ?ただ、俺は君に抱きしめられても虚しいと感じるだけだ。君には俺への愛が無い。」


「ま、まああ!わたくしはあなたを憎からず思っていますわ。」


「憎からずか。そこに差異があるんだと思うよ。君は俺を愛してはいない。俺が君を愛するようには。」


「あ、あなたこそ肉体だけが愛だとおっしゃるの?」


「違う。愛していれば自然と相手を抱き締めたい、キスしたい、一つになりたいと思うものなんだ。君は俺に対してそんな気持ちにならないのだとしたら、君の気持ちは恋人に注ぐ愛じゃない。」


「で、でも、あの行為は!って、きゃあ!」


 服の上からアレンが私の胸のふくらみを齧ったのだ。

 ほんの軽く。

 歯も立ててはおらず、指先で摘まむよりもソフトな感触だった。

 驚くばかりの私はアレンから腕を剥がし、飛び退るようにして彼から離れた。

 彼はクスクス笑いながら、胸を両手で押さえている私に右手を差し伸ばした。


「俺は愛した女性を抱きしめたり揶揄ったり、常にスキンシップを取りたいと思っている甘えん坊なんだよ。さて、君には俺の今の行為が、許せない破廉恥なものだったかな?」


 私は自分の胸を見下ろした。

 確かに性的な行為だったが、私は彼に嫌悪感を抱いただろうか?

 ひどくひどく驚いたが、びりっとした刺激を体に感じてしまったが、そう、私は驚いただけだった。


「さあ、手を。愛する人と手を握る。これは恋人となった二人の最初の接触だ。そしてね、恋人だからこそ、愛する人が嫌がったらその行為を止めるという気遣いだってできるものなんだ。まあ、君が俺を信用できないのであれば、このまま俺の手を取らずに俺との婚約破棄をしてくれ。」


 私はアレンの大きな手の平を見下ろした。

 彼は肉体関係のある結婚生活を望んでいる。

 私はあの行為がしたくないからと彼を選んだのに、彼はそれを受け入れることはできないと言っている。


 でも、嫌だと思った時点で止めてくれるとも言ったわ。

 この先、そんな風に気遣ってくれる男性に出会えるかしら?

 いいえ、彼が私にしようとする行為が私が考えている行為と同じでは無いのだとしたら、それを確かめてから破棄を考えても遅くはないのでは無くて?

 私はアレンが差し出した手の平に手を乗せた。


「君はいつだって勇敢だ。」


 彼は優しく私の手を握り、私の手を握っていない手を私の手を包むようにして重ねて来た。


「ひゃっ!」


 驚いた。

 私の手の甲にアレンが指先でトントンと突いただけなのだが、私は突かれたそこがビリっと感じてしまったのだ。

 ただの手の甲に、ただの人差し指がトントンしただけよ?

 そして、私が驚いて見返した相手は、これ以上ないぐらいに美しい瞳を悪戯そうに輝かせている。


「俺の指は嫌だったかな?」


「い、いいえ。驚いただけ。」


「それは気持よさや心地よさを感じたかな?」


 今度は彼の指は私の手の甲をそっと撫でた。

 ぞくぞくっと腰のあたりがざわざわした。

 この知らなかった感覚は慣れないもので不安にはなったが、嫌、ではない。

 アレンは私の手の甲を撫でた手を私に向かって差し出した。

 彼の手の甲を見せている状態で。


「俺の手の甲に触れてほしい。俺は君に触れられたい。」


 私は彼の望むまま、彼の手の甲を指先でなぞった。

 彼はうっとりとして見せて、掴んでいた私の手を自分の口元に引っ張って、私の手の甲にその優しい唇を当てた。


「はあ!」


 溜息が出てしまった。

 アレンは私を見上げ、これ以上ないぐらいに、してやったりという笑顔を作って私に見せつけて来た。


「俺が恋人に望むのは、こんなふれあいだ。最終的に本当の意味で夫婦になりたいが、それは君が望んだ時だ。だが、一生それを望むことが無いと言い切れるのであれば、この憐れな男を今すぐに振ってくれ。」


「ふ、振ったら、あなたはどうなさるおつもり?」


「失恋を癒した後、新たな恋を求めるだろう。」


 私の脳裏にアレンとミラが今と同じ行為をしている映像がひらめき、瞬間的に私はそれは嫌だと映像を振り払っていた。

 そう、ここで気が付いたのだが、私はアレンを誰にも渡したくは無いのだ。

 結婚すればあの行為は絶対だわ。

 でも、アレンは私がその気になるまで待つと言っている。

 アレンの為に、一度ぐらいは我慢することが私にできて?


「あつっ!」


 アレンの痛みの声にハッとして彼と繋がれた手を見れば、私はアレンの手に爪を立てて握り返していた。


「えっと。こ、こんな感じで、あなたは手放したくない、かも。って、きゃあ!」


 私はアレンに引き寄せられ、数分前に私がアレンを抱き締めたと同じ格好、椅子に座っているアレンを抱き締めていた。

 いえ、急に引き寄せられて不安定となった私が彼に反射的にしがみ付いただけと数分前の行為と違うものだ。


 けれど、違うものだからこそ腕の中のアレンも違っていた。


 彼は滑らかで温かな笑い声を私の腕の中で立てていたのだ。

 とっても幸せそうで優しい彼の笑い声は、私が彼の後頭部をそっと撫でてしまうぐらいの威力を持っていた。

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