あなたとの結婚だったら
アレンは私を引っ張ってアレイラから引き剥がしはしたが、私を連れて温室の外に出たかったわけでは無かった。
彼はシュウの様子が見えるが少し離れた場所に私と二人になりたかっただけのようで、私達は温室の端の方にあった小机に向い合せに置いてあった小さな椅子にそれぞれが座った。
私達が眺める中、アレイラがシュウの傍へと近づいて行き、アレイラはメアリがポケットから出した小袋を受け取り、その中身をシュウの手の平に入れた。
シュウの頭の上の小鳥は、シュウの手にぴょんと飛び乗った。
それどころか、大小の色とりどりの小鳥達が次々にと、シュウとアレイラを目掛けて飛び掛かって行ったのだ。
「おばあちゃ。とりさんが僕の手にきたよ。僕のご飯を食べているよ!」
「ギャスケル伯爵になれば、この温室の鳥さんはみんなあなたのものよ。」
「僕!ギャスケル伯爵になります!」
「あ!」
私はなんたることかと立ち上がり、私から後継者を奪ったアレンを睨んだ。
彼が私をシュウとアレイラから離したのはそのためかと、殺気を込めて睨んだが、私は彼を睨み続けることはできなかった。
くすくすと笑いだした彼の周囲には光が零れているようで、そう、とっても幸せそうに笑う彼に対して怒りなど抱き続けられなかったのだ。
私は椅子にすとんと落ちた様にして、脱力したまま座り直した。
「怒らないで。シュウがギャスケル伯爵になるのは、俺があの子が生まれたその時に心に決めた事なのだから、それは覆せない。」
私は大きく溜息を吐きだすしかなかった。
諦めきれない溜息であったけれども。
「で、では。我がカーネリアンを継げるような子供を探さねばなりませんね。あなたは夫として協力して下さいますか?」
「え、ええと!子供を君と作ることは、も、もちろん、俺は喜んで――。」
私は驚いてアレンを見返した。
アレンは私が見返した事で言葉を止め、私に申し訳なさそうな顔を向けた。
「え?俺が何かおかしな――。いいや、あからさますぎて下品だったな。すまなかった。」
「いえ、あの。あなたはシュウという完璧な跡継ぎがいるのに、さらに子供をお作りになりたいの?ええ、スペアの為に第二子を望む方は多くいらっしゃいますけど、あなたは子供をそのような道具として見ない方だと思っておりました。」
アレンは私をまじまじと見つめ、それから何かを思い出そうとするかのように左手を軽く額に当ててしばし考え込み始めた。
私が見守る中、ほんの数十秒後だったが、アレンは再び顔を上げた。
「え?」
「どうかなさって?」
「ええと。君は子供を探すって、あの。」
「面倒ですが、親族の子供達と洗いざらい面談して、わたくしが跡を継がせても良いと思う子を探すしかありませんという事です。」
アレンは無表情になり、何かを探すかのようにして視線をあちらこちらに動かしていたが、何も見つからなかったという風にして再び私を見返した。
「君は結婚した場合の男と女が何をするのかわかっているんだよ、ね?」
「ええ。存じ上げております。馬の繁殖は何度か目にしておりますもの。あれと同じだと聞いております。とても乱暴で屈辱的な行為だと思います。雌馬は馬房の柱に動けないように固く縛られますのよ?ですから、もう子供が必要のないあなたがそのような事をわたくしにすることは無いと考えまして、わたくしはあなたとの結婚が素晴らしいものと信じておりますの。」
私の目の前にアレンの手の平が突き出された。
「いや。人間は違うから!ええと。絶対に違うし、や、優しい行為に、――。」
アレンは優しい行為という言葉の後に頭を抱え、そのままテーブルに額をぶつける勢いで顔を伏せてしまった。
「人と馬が違うのは存じておりますわ。わたくしには沢山の従姉がおりますのよ?お喋りな既婚のおば達も。動かずにじっとしていれば終わると聞いております。馬と違って人間は言いつけを守れますから縛る必要は無いって、ええ、ちゃんと理解しておりますわ。ですけれど、男の人のあれを受け入れるのは一生ご遠慮したい行為でしかありません。」
「そうか、そうきたか。」
「何が?」
「いや、君があんなにもシュウに執着して、子持ちの俺を受け入れてくれた理由を、今、ようやく知ったと落ち込んでいる。」
「どうして落ち込む必要がありますの?私達のシュウは安泰ですわよ?」
アレンはむっくりと顔を上げ、私の顔をまじまじと見つめて来た。
教師が間違った答えを生徒に気付かせる時の表情に似て、私は少しだけ椅子に座るお尻の居心地が悪くなった。
いえ、正直に言おう。
婚約者だとアレンを受け入れ、私がアレンを何の色眼鏡なく見つめる事が出来るようになったからこそ、彼の彫りの深い目元で煌く瞳に対して純粋に美しいと感嘆してしまうのだ。
いいえ。
感嘆するどころか、見つめられれば胸がどきっとしてしまうのだ。
こんな風に試すような表情の彼だとしても。
でも、心をかき乱されたからこそ私はアレンの視線に耐えられなくなり、私にしてはかすれた小さな声で、何よ、なんて言っていた。
「君は俺を愛してはいない。シュウを愛するようには俺を愛さない。そういう事だね?この結婚は不毛だと君に考え直してほしい。」
「何が不毛ですの!わたくし達はシュウを守り慈しんでいくと決めた同士では無いですか。その行為によって、わたくし達はシュウから沢山の幸せを得られるはずですわ。何をおっしゃいますの?」
「はははは。言い方を間違えたか。君の思うその結婚は、俺には不毛だって事だ。俺は愛する人を抱き締めたいし、愛する人に抱き返されたい。」
「まあ!あなたを抱き締めることは、シュウを抱き締める事ぐらいに簡単ですわ!」
私は席を立つとアレンの真横へと進み、アレンの体に腕を回した。
私に抱きしめられたアレンは笑い声を立てた。
それはシュウが私に抱きしめられて喜んでいる時とは違う、とっても乾いた投げやりな笑い方だった。




