責任と未来
私とジリアンがティールームを出た先で、女中頭が私にアレイラからの呼び出しがあると伝えて来た。
「シュウも一緒でいいかしら?」
「駄目だとお聞きになられたら置いて行かれますか?」
「いえ。わたくしがアレイラ様を伺わないだけですわ。」
女中頭はクスクスと楽しそうに笑うと、ではシュウ様もご一緒に、と言って私をアレイラのところへと案内し始めた。
私が案内された先は、アレイラの自室では無かった。
彼女は一番のお気に入りだという温室におり、私はそこに一歩踏み入れて、その空間が私も大好きになった。
透明なガラスを通して実際の曇り空が見えるが、雲間の光が温室内のガラスを反射させてキラキラと輝かせている。
だから、この地では育たないはずの南国の緑の葉の鮮やかな色合いを際立たせ、まるで別世界にいる様な錯覚にさせてしまうのだ。
チチチチチ。
鳥の鳴き声?
見上げれば、温室内で咲き誇る南国の赤や桃色の花に紛れて、水色や黄色などの色鮮やかな小さな小鳥達が木々に止まっていた。
アレイラはこんな風景の中、温室中央にある白いベンチに座っていた。
彼女の脇で召使が日傘をさしていたが、これはあの小鳥たちの糞除けなのだろうと考えた。
「とりさんいるね!」
シュウはこの場所が一瞬で気に入ったようだ。
「ええ、素敵な場所ね。おばあさまにご招待ありがとうと言わなきゃね。」
「うん、うん。僕おばあちゃんに言ってくる。」
私がシュウを下に降ろすと、彼はアレイラの元へと駆け出して行った。
私はアレイラの隣にシュウが座るまでを微笑ましく眺め、シュウとアレイラが少しでも多く会話ができるようにゆっくりと歩いて行った。
隣を歩く女中頭、メアリと呼んでほしいと言われたが、彼女は私に、いいのですか、と尋ねて来た。
「何か問題があるの?」
「いいえ。シュウ様を独占されたいのかと思っておりましたから。」
「そうね。独占したいわ。あんなに可愛い子供はこの世にいない。でもね、彼にはたくさんの人からの愛も受け取って欲しいと思うのよ。」
「あなたはアレイラ様に似ていらっしゃいます。ですから、アレイラ様はあなた様にお伝えしたいのでしょう。ご自分の人生について。」
メアリが口をつぐんだそのタイミングで、私達はアレイラの前に辿り着いた。
アレイラはシュウの隣に座るように左手をひらりと動かし、私は彼女の望むようにしてシュウを挟んでアレイラの隣に座った。
メアリと日傘を持っていた召使はすっとベンチから離れ、空を眺める障害が無くなった事で私達は同じ動作で空を見上げた。
「南国の空はもっと青いそうよ。この地方は曇り空ばかり。わたくしの愛したアルフレッドは耐えきれずに実家に戻ってしまった。」
え、突然にそんな話?
私は返す言葉が無いと、空を見上げたままでいた。
けれど私が何も返せず無言となった事が、アレイラには、話の続きをどうぞ、という返答になったようだった。
「マイラはあなたによく似てとても美しい女性だったわ。彼女もわたくしと同じ女伯爵だったけれど、わたくしと違い彼女はすんなりと息子に伯爵位を譲れた。自由な彼女は首都に戻って以前と変わらぬ浮名を流すことだってできた。アルフレッドとも。」
なぬ!
お婆ちゃんたら何をしているの!
私は流れていく灰色の雲を見つめているしかなくなった。
「でも、仕方がない事よ。アルフレッドもその時はまだ四十代、噂されるぐらいには魅力的な男性だったのだから。ええ、安心して。噂でしか無いのだから。」
でもあなたは傷ついた。
伯爵位を孫に譲渡しても、この大きな屋敷に残ってギャスケル伯爵家においては一部でしかないこの領地だけだとしても、未だ伯爵として君臨しているのは伯爵であることを失えないからなのね。
「あなたはわたくしと同じ。まず、家の責任を一番に考えるわ。そして、わたくしと同じような結果になるのよ。耐えられて?愛する人と離れ離れにならねばならない人生について。アレンも責任を放りだすことが出来ない人間。あなた方は別々の人生を確実に歩む未来となるでしょう。」
私は空を見上げることを止め、アレイラを見返した。




