純朴な男とそうじゃない女
俺にはレティシアとハワードの婚姻に何の問題も無いように思えるが、ハワードにはどうしても譲れない?いや、彼が乗り越えられない何かがあるようだ。
「ハワード。無理だと思うならば、その無理だと思う事を言ってくれないか?俺は君の義理の兄として一緒に考えたい。」
ハワードはハハハハとやけっぱちな笑い声をあげた。
「変えることはできない階級主義です。俺は労働者階級です。偉くなって金が手に入っても、いえ、借金問題が解決した今ならば、結婚した後に女中一人ぐらいは雇え、こじんまりとした新居も手に入るでしょう。兄への送金もありますから、本当にささやかな暮らしになりますが。」
ハワードの説明の途中だったが、俺はユーリスに振り向いて彼に怒鳴っていた。
「君はどんだけハワードにふっかけたんだ!鬼か!」
「いやあ、白髪になるまで喰わしてもらいたいなって、普通でしょ。俺の青春を弟達の飼育にかけたんだ。戻りが無きゃなあ。」
ユーリスはしれっとして俺に言い返すと、スプーンですくったスープを末弟の口に無理矢理流し込んだ。
「こいつは金持ち嬢ちゃんをコマしただろ。大事にしてやるよ、ダニエル。」
ダニエルは、俺もユーリスに喰いものにされる?と脅えて俺に助けを求める視線を流して来たが、俺はそれどころじゃなかったとハワードに向かい合った。
「なあ、レティシアは君と一緒になれるなら、それでいいと思っていると俺は思うんだが。どうしてそこでハッピーエンドになろうとしないんだ?」
「だから言ったでしょう。俺は労働者階級でしか無いって。」
「いや、だからさ。」
「アレン。ハワードが言っているのはな、労働者階級に貴族の女が嫁ぐとその女が貴族社会から追い出されるって事だ。」
「それくらい。」
「男にはそれは辛いよ、アレン。貴族が俺達に向ける視線を愛する女が受けるんだ。本当はそんな視線を浴びることない階級の女がな。」
ハワードはぐっと言葉を詰まらせて死にそうな顔をしたが、やっぱり俺にはその程度で、としか思えなかった。
「ハワード。俺が縁戚だと言うだけでさ、君には大概の貴族がドアを開けるはずだよ。そんな奴らとつるみたいと君が思っているとは思わないが。」
「その通り!お前は本気で俺達の事を解っているさ。だけどさ、ハワードの気持も酌んでやってよ、義兄さん。こいつは多分、レティシアにフラれてんだよ。あなたと一緒になると妹と離れ離れになるとか、何とかでね。あるいは、あなたをそんな目で見られなかったの、かな?その事実が認められないからさ、こいつはこうして意固地になっているって事だ。いや、違うな。目を逸らしているのかもな。惚れた女の真実からな!」
「黙れ!ユーリス!」
「黙れねえよ。このひよっこが!お前の女はお前が思っているよりも上等なんだ。自分への慰謝料、馬鹿な男爵の借金で消えた残り、雀の涙でも明日の生活に必要な金なのにな、その全部を妹の学費にしてしまったんだよ。妹の人生を守るためにな。自分は生活費のために街角に立つ覚悟で――。」
「やめてください!私はハワードと結婚などしません!彼を貶めたりするようなことは致しません。だから、だから、それ以上は言わないで!」
レティシアは叫び、ハワードの腕から離れようとした。
ハワードはレティシアの腕を掴み、自分の胸に抱き寄せた。
「兄さん!それ以上言うんじゃない!レティシアを貶めるのは許さない。」
がぎゃん。
ユーリスは自分の足を思いっきり俺の部屋の床に打ち付けた。
組み木細工の床のどこかが絶対にひびが入った音がしたが、俺はこの場をユーリスに任すことにした。
後でこの屋敷の女中頭のメアリと執事のハインズに俺が絞られる事が確実だが、俺はハワードの為だと口を閉じた。
すると俺の期待通り、ユーリスは前線で敵を煽る太々しい笑みを浮かべると、彼の新兵に対して世界が揺れるぐらいの怒号をあげた。
「だったらハワードよ。男を見せろ。アレンが俺達の姉を誘拐した時を思い出せ。俺達全員を誘拐してくれただろ?お前だってそこを思い出したからあのガキを操って愛する女をこの旅路に連れ込んだんだろうが。惚れてんだったら奪え!グダグダ言わずに突き進め!」




