兄弟愛?
「見たかった。その対決見たかった。ああ、俺はどうして怪我人なんだろう。」
「いやもう最高だったよ。十七の小娘に首根っこ掴まれてキスされてしまうなんてさ、普通の男が願っても得られない幸せなのに、こいつは硬直しているだけだからね。あそこはさあ、舌でも入れて攻勢かけるべき所だろうが。」
俺は自室に戻った後も、半時間前のティールームでの出来事を、ユーリスにずっと揶揄われている。
ユーリスを今すぐに追い出したいが、ダニエルの看病だと居座っているので追い出せない。
そしてダニエルは俺に追い出されたくないユーリスの意図を汲んで、赤ん坊のようにしてユーリスに世話をされている。
どうしてダニエルを自室で療養させるって言ってしまったかな。
「ユーリス。ダニエルは自分でスプーンを持って自分でスープを飲めると思うよ?」
二人は同時に俺を見返してから同時に俺から顔を背けると、雛鳥と親鳥の真似事の食事風景を再開し始めた。
俺が部屋を出て行けばいいのか。
ベッドから腰を上げたが、そこで部屋のドアが大きく開いた。
俺は中腰のまま扉の方を見返すと、俺の部屋に入って来たのはレティシアを伴ったハワードだった。
「おい。独身男性しかいない、それも俺の自室に未婚女性を入れるんじゃない。」
「あなたの婚約者はこの人だろうが!」
俺はとうとうしっかり立ち上がると、ハワードの前に真っ直ぐに向かった。
ハワードは俺に殺意の籠った視線を向けており、反対にレティシアは断頭台に送られる囚人の様な面持ちでハワードの腕にもたれていた。
「ハワード。君こそこの女性を愛しているんだろう?どうしてそこまで頑なにその恋心を捨て去ろうとするんだ。」
「俺は金も何もない。いえ、借金を背負っているので、何もない以下です。」
「借金?」
「だからさあ、残金は月賦払いでいいって言っただろうが!」
俺は口を挟んで来たユーリスに振り向いた。
「残金?月賦払い?」
「俺の少佐位の階級章をハワードが買ってくれたんだよ。伝説に近い銀鷹が手に入れ、俺という金の豹の胸を飾った階級章だ。通常の三倍の値が付いている。だが俺はそれを可愛い弟に譲ってやったのさ。一・五倍の値段でね。」
「通常の一・五倍?弟に?」
「通常の一・五倍。やっぱ二倍の方が良かったか?」
「俺はいらないって言ったじゃないか!」
わあ!あの静かなハワードがダニエルみたいに大声を出すとは!
しかし、兄であるユーリスはそこまで追い詰められている弟に対して、無情ともいえる言い方をした。
「うるせえよ!お前が持っときゃ安泰なんだよ。」
「ああ!自分が軍に戻りたくなった時に俺から買い戻せばいいんだもんな。お陰様で自分の中尉章を売るに売れない状態じゃないか!」
俺はハワードを振り返り、それからもう一度ユーリスに振り返った。
ユーリスは頬を赤らめているが、それは自分の悪行がバレて気まずいという赤味ではなく、悪行だと思っていない善行が俺に知られたと気が付いた恥ずかしさの方だろう。
いや、果てしない弟への愛か?
俺は再びハワードに振り向いた。
「ハワード。借金はどこでした?そこに俺が金を返しておくから、君は当初のユーリスの言う通りに月賦で彼に送金してくれ。」
「あなたにそんな!」
「いや、俺はちゃんと支払った分はユーリスに取り立てるから、そこは気にしないでくれ。それで、君みたいな律義な男はユーリスに金を払っている間は死なないだろう?軍を辞めたユーリスには、君の命を守る方法がそれしか思いつかなかっただけだ。」
少佐になれば前線に出てもテントの中だ。
現場に出される中尉よりも生存確率が上がるだろう。
ハワードはそっと瞼を閉じて、わかるか糞やろう、と、若者らしい罵りの呟きを初めて俺に聞かせてくれた。
「で、君の借金問題は取りあえず片付いたな。で、何もない男には戻ったが、少佐である以上給金はこれから入るよな。大金持ちとはいかないが、結婚して所帯を持っている奴は大勢いるんじゃ無いのか?」
ハワードはそこでくっと、唇を噛みしめた。




