弄ぶってこういうこと
伯爵を見つめ、伯爵に見つめられる事にドキドキする自分。
そんな自分に疑問符ばかりだ。
昨日までは何ともなかったじゃ無いの。
いえ、昨夜に告白を受けてから、私はずっと伯爵を目で追うようになったのではないかしら?
いえ。
出会ってからずっと目で彼を追っていたと気が付いたのよ。
私は彼がいれば彼の姿をずっと目で追っていたのよ。
なんてこと!
「うあああああん。」
シュウの泣き声ではっとした。
私はシュウを見返し、急いでシュウに両手を差し出した。
しかしシュウは私の手を叩き、それどころか伯爵の腕の中で暴れて、伯爵が床に彼を降ろさねばならなくなった。
「どうしたんだ?シュウ。これからはずっとリディと一緒なんだよ?嬉しくないのかい?」
「ばぁぱのばあああかあああ。」
「まあ、シュウちゃん。どうしたの、ほら。」
「りでぃのうそつきいいいい。ぼくはりでぃいとけっこんするのにいいいい。」
「まああ!」
私の思考は一瞬で崩壊した。
もう私の頭の中はシュウしかいない。
「もちろんよ!シュウ!あなたが大きくなったら結婚するのよね!」
「りでぃ!」
シュウは私に抱きついた。
私はシュウを膝の上に持ち上げて抱き締めた。
そして私は伯爵に顔をあげた。
「ごめんなさい。わたくしはシュウを裏切ることはできないわ。」
私を見下ろした伯爵は、瞳を真ん丸にして固まった。
見下ろしたせいで髪の毛はさらにぼさぼさになり、私はこの顔を以前にも見ていたはずだと気が付いた。
どこで?
いいえ、わかっているはずよ。
「互いの誤解を解くのはどうだろうか?」
私が曲解したあの言葉。
そうよ、わざと勘違いしたのよ。
私があなたから目が離せないから苛つくのだと、ミラと腕を組んでいる姿がどうしようもなく憎らしいと、自分に気付かせたくなかったから。
「その判断は正しいと思いますわよ。この男は大嘘つきですもの!」
ミラはティールームにずかずか入ってくると、伯爵の真横に立った。
そして学園でしていたようにして、伯爵の腕にしがみ付いたのだ。
「お金がない男爵令嬢でしたらギャシー講師で充分でした?ねえ、先生。私と姉を弄んだ責任は取って下さいましね?」
伯爵は罪人が観念するように両目をぎゅっと閉じた。
私は席から立ち上がると、伯爵の襟首を掴んだ。
伯爵は私に殴られる事を覚悟した様に、ぎゅっと瞑っていた目を開けて私を静かに見返した。
こんなに綺麗な緑色の瞳は二人といないはずなのに、どうして私は彼が二人いるなんて思い込んだのだろう。
「どうして目を開けなさるの?閉じてなさいな。」
彼は真ん丸の驚きの目をして私を見返した。
その顔がシュウが驚いた時と同じで、私はくくっと笑い声が漏れた。
「リディア!暴力的な事は!」
「ええ、ミラ。男は女に暴力的な振る舞いなどするべきではありませんね。でも、女から男への暴力的な行為は禁止されていませんわ。」
私は伯爵の唇を奪った。
私の口の中で伯爵の驚いた小さな声が上がった。
私は伯爵の襟首を離した。
少々乱暴に、突き飛ばすようにして。
それからまだ伯爵の腕にしがみ付く少女に対して、見下すように微笑み、今まで伯爵の襟首を掴んでいた右手を軽く跳ね上げた。
ミラは私に叩かれたかのようにびくっと震え、伯爵の腕から両腕を解いた。
「弄ばれた?キスぐらいなさってからおっしゃいなさいな。」
ミラは陸にあげられた魚のように口をぱくぱくさせながら後退り、後ろに立つ大男の体に背中をぶつける事となった。
ミラにぶつかられた男は、私に軽く片目を瞑って見せた。
背筋がぞくっとするような魅惑的な笑顔付で。




