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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第四章 ギャスケル家の最初で最後の砦
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闇夜でも月は必ずそこにある

 俺は勢いだけで馬を崖へと誘導してしまったことを、馬が宙に浮いていると実感したそこで後悔した。

 死という文字が頭の中で点滅した。


「おお!思った通りのいい崖だ!」


 ユーリスの楽しそうな叫びによって、俺から恐怖は弾け跳び、こんな状態に落とすこととなったユーリスへの怒りが湧いた。


「待てコノヤロウ!間違ってもリディアを踏むな!って、うわ!」


 俺の馬はバランスを崩しかけた。

 俺は手綱を引くタイミングを失ったが、それが良かった。

 バフェットは自分で体勢を立て直し、この格好悪い失敗を二度とするものかという勢いで次々と上手に足を運んで行ったのだ。


「すごいぞ、バフェット。」


「そうだ!アレン!馬に任せんだよ!馬の方が良く知っている!ひゃっはあ!」


「遊びじゃないんだ!」


 俺はユーリスに怒鳴り返すと、周囲を見回した。

 下に降りる術は全てバフェットに任せ、俺はリディアの痕跡を探す事に集中することにした。


 馬ごと落ちてしまった彼女はどうなってしまったのか。

 折れた低木も無く、えぐられた土の跡だって見あたらない。

 ああ、どうして彼女の転がったであろう跡も、倒れているはずの大きな馬の姿も見当たらないのであろう。



 数分しないで馬は動かなくなった。

 ユーリスの嬌声も途絶えた。

 気が付けば真っ暗な世界で、俺は静かすぎる程の奈落の底にいた。



 しゅぼ。


 小さな炎が生まれ、その明りはユーリスの顔をぼんやりと浮かび上がらせた。

 その炎が陰ったのは、ユーリスがその炎を片手で覆ったからだ。

 再び小さな明りが灯ったが、それはユーリスが咥えている煙草の先端のオレンジ色の炎であり、人の魂を運ぶ蛍のように見えた。


「残念なお知らせだ。」


 俺はぎゅうっと心臓が掴まれた気がした。

 彼女はこの奈落の底にまで落ちていて、ここで死んでしまっていたということか。

 ユーリスの馬の向こう側に彼女の哀れな遺体があるのか?


 ユーリスは咥えている煙草の煙を深々と吸い込むと、やってられねえ、と呟きながら煙をふぅっと吐いた。


「ああ、やってられないよ。」


「くそ、あのアマ。あいつは真っ暗闇で降りきりやがった。崖下りは軍部一とうたわれた俺を真っ向からディスりやがって。」


 ……。


「君こそ何を言ってんだよ!ああ、くそ!リディアが無事ならいいが、ケガをした姿でふらふらしているかもとか考えないのか!」


 俺は馬を走らせた。

 ユーリスの笑い声が峡谷に響く。

 俺は暗闇の中で馬を走らせ続け、そのうちにユーリスの笑い声が遠のいて聞こえなくなった。


 再びの静寂。


 いや、川の流れる音がする。

 リディアは川の中に間違えて入ってはいないよな?


 再び沸き起こった不安によって俺が立ち止まってしまったそこで、川のせせらぎは音だけでなく川の姿をも明らかにしていった。


 世界はどんどんと金色の光によって明るさを取り戻し、俺から暗闇を剥ぎ取っていった。


 前方に馬の姿が見えた。

 馬は動いていなかった。

 馬は自分を御する人間と月を眺めていたのだ。


 月の光そのものの美しい髪が馬の上で揺らぎ、俺が彼女を見つけたのを知ったかのように彼女は俺に振り向いた。


 俺はバフェットを歩かせた。

 ゆっくりと。


 俺の夢そのものとなった彼女に辿り着くまで、その夢が壊れてしまわないようにと、ゆっくりと静かに馬を進ませたのだ。


 月の光は彼女に降り注ぎ、彼女は淡い金色に輝き、彼女の唇は俺が一歩近づくたびに綻んで、いまや眩しいぐらいの笑顔を作っている。

 馬上のままは礼儀に反するかもしれないが、俺は右手を胸に当て、彼女に向けてこうべを下げた。

 頭をあげたその時、俺と彼女は互いの瞳をしっかりと捉えていた。


「私は、ただの男としてあなたに願います。一生をともに歩く伴侶になって頂きたいと。」


 リディアの瞳はただ驚きに見開かれ、次に了解を示すような笑顔を形作る緩んだ目元に変わった。

 俺は胸に当てていた右手をリディアに差し出した。

 リディアは俺の手に右手を重ねた。


「私達では共に崖下りをする伴侶ではなくて?」


「いや、あれはもういい。心臓に悪い。それで君の返事はオーケーでいいのだろうか?」


 リディアはふふっと可愛らしく笑った。

 俺を有頂天にさせるぐらいに、嬉しそうに笑ってくれたのだ。


「妻になってくれじゃない所が最高でした。わたくしは将来はカーネリアン伯爵として領地を守らねばなりません。離れ離れでもともに歩き続けると言ってくださったあなたには感動しかございません。ええ、お受けいたします。」


 俺はリディアの手をぎゅっと握り、結婚を了承してもらった喜びで出来た最高の笑顔をリディアに対して見せつけることはできた。

 が、内心は、リディアが言うまで俺はリディアの境遇をしっかり忘れていたとかなり焦っていた。


 カーネリアンの領地はギャスケルの領地からは果てしなく遠いぞ。

 それに、俺は離れ離れでもとは言っていない!



第四章はここで終わりです。

アレイラとリディアや、アレンとのあれこれは五章にてになりました。

どうしたら何もないイチャラブが書けるのか。

ブックマークありがとうございます。

また、お読みくださっただけでなく、誤字脱字を教えてくださりありがとうございます。

とても励みになります。

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