忘れてた者と裏切り者
「伯爵!さあ、立ってください。」
俺を守るようにして戦っていた男は、俺に手を差し伸べたが、俺はその手を思いっきり叩き振り払った。
「お前がリディを巻き込んだから!お前が!お前のせいで、リディが!」
「はくしゃく!違います!れ、レイは俺の為に。」
崖の暗がりから人が起き上がり、しかし、その人間は大怪我をしているのか、すぐに地面に突っ伏した。
「わあ!ディーク。ああ、ディーク、君を放っていてすまない。君は大丈夫だったのか?」
俺に許しを乞うていたはずの男は、その人影の方へとすっ飛んで行った。
それから、俺の目の前でレイとディークは、大丈夫だ、本当に、の甘いやり取りをし始めたのだ。
俺はこいつらのせいでリディとそんなやり取りが一生できなくなったと、彼らをぶん殴りたい気持ちに襲われた。
いや、やってやる。
立ち上がった所で、俺はユーリスに襟首を引っ張られて引き寄せられた。
バシンと俺の背中はユーリスの胸板に当たった。
「うわっと。」
ユーリスの脇にはユーリスの愛馬が控えていた。
「頭を冷やせ。あの鉄火娘の安否確認に行くぞ。急いで馬に乗れ。」
「ああ、松明を焚いてくれ。俺が馬で下に降りる。」
「あ、俺は下道をって。いや。あ~。いや。俺が降りるからお前が松明を掲げてくれないか?」
俺はユーリスを見返した。
ユーリスはまっすぐに俺を見返して来たが、両目が爛々としている所で崖下りがしたくて堪らないだけだろうと分かった。
しかし、実際に崖下りを俺は一度もした事は無く、本当にリディアを一分一秒でも早く救出したいのであれば、ユーリスに崖下りをさせる方が確実だ。
「……わかった。取りあえず崖下のリディアの様子を確認しよう。松明を作る。適当な奴らのシャツを破ってくれ。」
「俺が照明用花火を持っています。」
俺とユーリスは聞き覚えのある声に振り向いた。
俺達の真後ろにハワードが立っていた。
ハワードは黒の軍服を身に着けて、肩にはライフルを担いでいた。
俺は俺達が本当に忘れていた何かを思い出した。
ダニエルの危機に姿を現わさなかった三男の存在だ。
「君が、あの火傷男を?」
真面目な顔しかしないヴェレリー家の三男は、彼がかけているメガネが無機質なのと同じぐらいに無表情な顔のまま、俺の質問にこくりと頷いた。
「あ、ああ、ありがとう。だが、ここがどうしてわかった?」
「ベリル村の酒場に行きましたら、人買いの話と火傷男の事を小耳に挟みました。奴らの撲滅がエヴァレットへの手向けにはちょうどいいかと思いまして動いておりました。奴らのアジトの方も掃除は終わっております。」
俺は一気に体中に寒気が走り、体中の毛が総気立った。
やばい。
よく知らなかったヴェレリー家の三男は、一番ヤバい男だった。
ムカつくとライフルを持って突撃をかます男だったとは。
「ヘイリー、いいからすぐに花火を寄こせ。」
ハワードが軍服の裏側のポケットから細長い花火の筒を取り出すと、俺ではなくユーリスが乱暴に奪い取った。
ユーリスが灯りをともし、俺が崖を降りるのだなと馬に向かった後ろで、馬の嘶きとしゅぼっという炎が点火された音が聞こえた。
「ちくしょう!ユーリス!」
ユーリスはにやっと笑うや左手に花火を掲げ、そのまま崖へと愛馬と共に落ちていった。
馬の嘶きと蹄の音。
崖下はユーリスによってピンク色がかった白色の強い閃光が煌々と灯り、真っ暗闇どころか昼間のように明るくなっている。
俺は急いで自分の馬に乗り上げると、崖を下りたいだけの裏切り者の後を追いかけた。




