私はただのリディ
落ちた時は意地だけだった。
この子を見捨てられない!
そんな意地だけだったから、死んでしまう時に見る走馬灯みたいなものでシュウの泣き顔を思い出して、そんな意地を張った自分を呪った。
なんて馬鹿なのと後悔した。
「リディイイイイイイ!」
シュウみたいな呼び方で私に叫んだ人がいた。
ちがう、その声で私は自分を取り戻したのだ。
生きなきゃって。
やらなきゃって。
そうじゃない。
私は彼にもシュウにも大事な人間なのだと、私に思い知らせてくれたのだ。
私は彼らのリディなんだと。
「さあ、やるわよ。」
私は手綱をぎゅっと握った。
すると、絶望的だった真っ暗な世界は、臆病過ぎる馬を操る私には幸運そのものとなって見えた。
いえ、手綱の手ごたえが大丈夫だと私に教えたのだ。
馬は脅えているからこそ助けを求め、私の手綱を信用した。
私の誘導するそのままに、彼は落ちながらも身を立て直し、最初の着地はおぼつかなくとも蹄を地面につけることは成功した。
馬はそこでさらに私に誘導される事を委ねた。
私は重量のある体がよろめく前に次の一歩へと動かし、そこからさらに次の一歩へと進ませていった。
「いい子ね。さあ、私がいればあなたは最高の馬になれる。」
私は崖下のディークを見下ろした時のあの地形を思い出しながら、私だったらどうやって馬を駆けおりさせるか考えたそのルートを馬に辿らせた。
馬車を引く専用だった馬は瞬発力は乗馬用の馬に適わないが、忍耐強く、足腰はかなりしっかりしている。
また、悪路という戦場を駆け抜けさせられた事があるのであれば、少々のでこぼこ道に足を取られても踏ん張る、あるいは、足を取られかけても交わしていける足さばきも持っている。
「さあ、もう少し。あと少し。」
ちゃぷん。
水音がした。
かつん。
蹄が崖の斜面ではなく、平坦な地面に付いた音を立てた。
「偉いわ。あなたは凄い子よ!」
時間として三分もかからなかった崖下りだが、私達には半日ぐらい全力で走り通したぐらいの偉業であった。
「ああ、本当に凄い。さあ、ここから川なりに進んで迂回すれば戻れるかしらね。あなたはもう少し動ける?」
馬は、大丈夫、という風にブルルと嘶いた。
「よし、いい子。あなたは良い男の子だから、ジュベールって呼ぶわね。最初の子供が男の子だったらこんな名前が良いわねって考えていたの。最初の子供がシュウって名前があるから、ふふ、この名前をあなたにあげるわ。」
私は馬を回頭させると、先程のハードワークで痛んでいるであろう体を労わるようにして、ゆっくりと歩かせ始めた。
かつかつと真っ暗な道をほんの少し歩かせたそこで、小川のせせらぎが金色に輝きだして世界に薄明かりが戻って来た。
私は空を見上げた。
大きな月が雲間から顔を出していた。
「さあ、戻ろう。お家に帰ろうか。」
私に叫んでくれたあの人の元に戻って、あの人を安心させてあげなければいけない。




