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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第四章 ギャスケル家の最初で最後の砦
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お前もそこにいたのか

「さあ、いい子ね。もう少し頑張ってね。」


 馬は私にブルルと返事をし、いつもの自分の仕事になったと、自分の重しになっている荷物が移動するタイミングを合わせながら脚をゆっくりと動かした。

 馬からぴんと張られたロープを命綱に、ディークを背負ったレイが一歩、また一歩と馬に引かれる力を利用しながら崖の急斜面を昇ってくる。


 完全に日が暮れた今は、崖下は何も見えなくなっていた。

 だからこそディークが今まで敵に見つからなかった幸運があったのだろうが、彼を引き上げるには危険極まりない状況ともいえる。

 敵に見つかるために松明だって燃やせやしない。


 一気に引っ張り上げた方が早いのにと、私は大きく溜息をついた。

 そんな私だからか、レイが崖下から私に無言で圧力をかけている。


「絶対に俺達を引き摺って引っ張り上げるなよ。」


 そんな無言の圧力だ。


 ああ、馬の尻を叩いたら、多分この仕事は一分かからずに終わる。

 ディークに新しいケガが増えたとしても、さっさと帰ったあとにゆっくり治療すればいいだけの話なのに!

 どうせもう骨折して傷だらけなんだし?


「何をやってんだよ。」

「何もやって無いよ。」


 喧嘩腰の汚い言葉を突然に受け、私は反射的に相手を睨みつけた上に似たような言葉を返してしまった。

 人間荒むと言葉が悪くなるって本当なのね。

 けれども汚い言葉を低い声で言ったからか、私の目の前に現われた武装した男達三人は、私が彼らの仲間だったのかと自分達の記憶を漁り始めたようだった。


 三人寄れば文殊の知恵?

 三人が頭を寄せ合ってひそひそ話をし始めたのだ。


「こいつを見たことがあるか?」


「昼のガキの仲間には見えねえよな。」


「あの凶悪な顔じゃあ、この間の新参と同じじゃねえの?」


「ああ、あの新参。顔の怪我以外は印象がねえ顔してるくせによ、やることがえげつねえよな。」


「なあ、新参の癖にボスみたいな顔をしやがって。」


「いや、ボスだろ?ボスをやっちまったんだからよ。」


 まああ!武装人買い集団の内情駄々洩れですわね。

 どうやらつい最近来た新参者に乗っ取られて、指揮系統などがぐしゃぐしゃになってしまっている状態らしい。

 私はディークとレイが潜んでいる崖に視線だけ向けた。

 今なら大丈夫かしら、と。


「お前ら、見つけたのかよ。あの綺麗な男は大事な人質になるんだからよ、必死で探せって言っているだろうが。」


 新たな声がしたとその方角を見ると、見覚えがあるようでない男が六人ばかりの手下を連れて藪の暗がりから姿を現した所だった。


 どうして見覚えがあるのにないのかとあやふやなのは、そのボスになったばかりの男の顔は特徴もない地味な顔つきだからである。

 また、どうして見覚えがあると言い切れるのかは、ユーリスがつけた、お前の顔を誰も忘れなくなるため、の焼き印が額に円形の刻印となって残っているからだ。


 何があったか知らないが、警察に引き渡す前にユーリスが炎で炙ったコインを赤毛の男の額に押し付けたのである。


「てめえに特徴をつくってやるよ。」


 うわあ、ユーリスったらえげつない。


 さて、そんな哀れな焼き印を入れられたら普通は隠すものだろうが、目の前の男がその火傷の跡をまざまざと見せつけているのは、ユーリスが男の赤い髪をナイフで散切りにしてしまったために坊主にするしかなかったからであろう。

 そんな憐れな目に遭わされて、強盗団を取り上げられて落ちぶれてしまった男であるのに、ドラローシュの酒場で見た時よりも生き生きとして見えるのは、その両目に籠る恨みがぎらぎらと輝いて見えるからであろうか。


 その男は暗がりにいる私の方へと一歩進んだ。


「へえ!」


「どうしました?ボス?」


「かわいこちゃんがいるじゃねえか!こいつは伯爵の女だ。こいつこそ人質にもってこいだ。捕まえろ。」 


 男達は一斉に私に向かって来たが、私はひょいと馬に乗り上げ、馬を思いっきり駆け出させた。

 私に向かってきた男達は馬に蹴られるよりはと、一斉に下がり、私は馬が引いた綱がぴんと張り、すぐに緩んだそこで馬の向きを転換させた。

 再び馬の蹄が襲って来たと、男達はさらに混乱して虫のように散った。


「このくそアマが!」


 火傷男が腕を振り上げた。

 腕先には鈍く光る金属が握られている。

 こいつがダニエルを撃った男か!


「てめえが俺の弟を撃ったくそかああああ!」


 地獄の底からの低い声に私はそちらに意識を向けてしまい、火傷男から目を離してしまった。

 男は私に最初から最後まで銃を向けていたというのに!


 破裂音!


 馬車を引くだけだった馬はその音に心底脅え、跳ねてしまった。

 ここは一寸先が崖でしか無いのに。

 私は手綱を握った。

 馬から飛び降りろと誰かが叫んだが、カーネリアン家の人間が馬を見殺しにできるはずなど無いのだ。

 私と馬は真っ暗な崖下へと落ちて行った。

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