適当な兄たち
ダニエルはウィスキーを飲めなかった。
傷がリディアの言う通りにきれい過ぎたからか、それ程肉を切り開く必要もなく、また、意識を取り戻す前に俺が弾を簡単に取り出せたからである。
だが鉛玉は取り出すやすぐに崩れ、中から水銀を流れさせた事で俺もユーリスも腹の底からぞっとなった。
撃った奴を見つけたら確実に息の根を止めてやると誓う程に。
さて、弾を取り除く手術中どころか終わった後も意識を取り戻さないことに、俺もユーリスもあの弾のせいかとかなり脅えていたと言って良い。
それでもダニエルに服を着せている最中に、ようやく医者が到着した。
医者はダニエルの脈拍や心臓の音を聞いて、俺達から弾について聞かされた上で、ダニエルには命の別状も無いだろうと言ってくれた。
俺達はホッと安堵し、安堵した途端にダニエルが目を冷まして叫んだ。
「いたいっ!」
「ははは。酒だ、こいつの飲めなかった酒をみんなで乾杯だ。」
「そうだな、ユーリス。おい誰か!ちっちゃなグラスを皆に配れ。」
俺もユーリスも医者だって、いや、そこにいるダニエル以外の全員で、ダニエル復活の祝いに最高のウィスキーをぐいっとあおった。
こんなにウィスキーを上手いと感じたのは初めてだった。
「痛い!俺にも痛み止めにちょうだい!」
「阿呆。傷が開くから怪我人に酒は禁止だ。」
ユーリスはそう言うや、厨房の床に転がっているダニエルを抱き上げた。
小麦粉の袋を肩に背負う感じの抱き上げ方で、怪我人の体には障りまくるのではないかと思ったが、ダニエルがシュウみたいな顔でユーリスにしがみ付いているので放っておくことにした。
ユーリスはダニエルを六歳児の扱いをしているが、ダニエルこそユーリスには六歳児みたいな甘え方をしているのである。
俺達は厨房を出て歩き出し、ユーリスにしがみ付いている大きな六歳児は、人目が無くなった途端に本気で子供の様な声を出した。
「あ~、マジ助かって良かった。俺は今日誓ったばっかりだからね。兄さん達より先には死なねえって。エヴァレットの埋葬があんな適当でさ、絶対に俺の葬式はまかせたくないって思ったもん。」
俺とユーリスは目線を合わせ、ははっと乾いた笑い声を立てた。
俺達はエヴァレットの死に動転していたんだよな。
べラム村に行くのならばエヴァレットをあそこの霊廟に入れてやろう、と俺達は盛り上がり、俺は凄い馬車まで借り出したのだ。
ただし、ハイテンションだった俺達は、遺体は腐るって事を、棺を荷物室から取り出した時に初めて気が付いたのである。
閉め切った荷物室でどうしてこんなにも虫がつくんだ、と思うぐらいにエヴァレットの棺は酷い有様で、俺達はダニエルやハワードに罵られながら半泣き状態で棺を担ぐことになったのだと思い出す。
「ほんと、適当で良かったよ。そうじゃ無かったらさ、虫塗れで大変じゃ無かったらさ、兄さん達は俺達にエヴァレットの事を教えてくれなかっただろ。うん、俺は自分がガキだから嫌でも納得するけどさ。でも、ヘイリーは怒っていたよ。もんのすごく。兄さん達が教えてくれなかった事を怒っていたよ。」
ユーリスは立ち止まると、ダニエルをぎゅうと抱きしめた。
ダニエルの体に自分の頭を押し付けもした。
「悪ぃな。自分が不甲斐なくて言えなかったんだよ。エヴァレットがお前らに内緒にしてくれって言ったけどよ、俺はね、目と鼻の先で殺されたあいつを救えなかった事をさ、情けなくってお前達に告白できなかったんだよ。」
「兄さん。って、痛い。」
ユーリスはダニエルを乱暴に抱き直すと、再び前を歩きだした。
俺はユーリスが階段を上がろうとしたのでそこで呼び止めた。
「俺の部屋に寝かせよう。今夜は熱が出るだろう。俺の部屋はサロンもサブベッドもあるからな、看病するならこっちの方が良いだろう。」
「そうだな。サブベッドにこいつを放り込もう。俺は寝るんなら広いベッドの方がいい。サロンにウィスキーはあるか?」
「有名銘柄揃えてあるぞ。最高級のブランデーもあるぞ。」
「わお、最高。」
「ねえ、適当言ったのは謝るからさ。看病してよ?適当に放っちゃわないでね。」
放っておかれるかもと心配になったのか、ダニエルはユーリスの肩で暴れ、ユーリスは笑いながら弟を抱え直した。
「暴れんなよ、ガキが。」
「そうそう。大丈夫だよ。いざとなったらジリアンちゃんを呼んでやる。」
「アレンもユーリスみたく意地悪言うよね。」
「いやあ、俺は今回は弟に意地悪なんか言わないね。女を一人連れて出て行って、帰りは二人に増えていたって聞いたらな、よくやったと褒めてやるさあ。」
ユーリスははすっぱな言い方をし、ダニエルは耳まで真っ赤になった。
そのまま俺達は俺の部屋に入り、ユーリスはダニエルをベッドに寝かせたのだが、この面子で何かを忘れてしまったような気になった。
「なんだろ、なんか足りないような、忘れたような。」
「アレン。お前もか。俺もなんか忘れもんをしたような感じでさ。」
俺もユーリスもそこでうーんと唸ると、ダニエルが思い出させてくれた。
「ねえ、ジリアンは大丈夫なの?リディが顔を出さないって事は、ジリアンが凄く傷ついているって事だよね。」
俺とユーリスは、それか、と笑い合った。
「いやあリディアをさ、貴族で流行りの看病パーティ気分かと勘違いしちまってさ、俺が怒鳴って追い払っちゃったんだよ。」
「ああ、そう。俺もそう勘違いしてた。」
俺達は、しょうがないよね、と言いあった後、弾丸のように部屋を飛び出した。
「俺の看護!」
ダニエルが俺達の背に叫んでいたが、俺の部屋には妖精のようにメイドや従僕が出入りしているからお前は大丈夫だ。
使用人を一日で掌握してしまったリディアと和解せねば、この館で俺とユーリスの扱いが酷くなるのは確実なのである。




