貴族の女ってやつは
リディアは流石というべきか、ダニエルを厨房に運ばせた後は、ダニエルにかかる全ての手配、つまり医者や治療のための必要なもろもろの手配をそこにいた女中頭に一任し、とにかく怪我した体を清めなければと湯を沸かさせた。
そして彼女はダニエルではなく、ダニエルとジリアンが助けた少女と呆然自失状態のジリアンを受け持った。
つまり彼女達を部屋に連れていってくれたのだ。
厨房だから直ぐに使える湯も飲み水となる綺麗な水もすぐに手に入る。
俺とユーリスはすぐにダニエルに取り掛かった。
「血が凄いな。一体どうしたんだ。」
「ジリアンの話じゃな、ボロボロの女の子を見つけたからと保護したそうだ。リベリット村の入り口付近だ。そこから館に戻る為に五キロほど走ったそこで、俺と合流した。俺を見たダニエルはそこで意識を失って馬から落ちた。」
「で、落ちた奴を抱き上げて見れば、実は大怪我をしてましたってやつか。うわあ、恰好良すぎ。ぶち殺してやりたいくらいにね。」
「ああ。死んじまったらぶち殺してやる。」
俺達はダニエルの泥と血が付いたシャツを彼から破るように剥がし、そこで意識のないダニエルの本当の状態を知った。
「畜生、ユーリス。刀傷じゃなくて鉛傷か!」
「ああ、こん畜生だよ。」
俺は急いで傷を探った。
傷は致命傷とはならないが、鉛玉が体の中で砕けていれば、鉛中毒となって彼の命は失われてしまう。
いや、鉛が血に溶けてこれから砕ける事もある。
「ユーリス。骨も砕けていなければ、肉にめり込んでいるだけだ。この位置なら、少々乱暴な手術になっても後遺症は出ないな。」
「こいつを撃った奴には二度と幸運など無いけどな。で、やるのか。」
「医者を待つ余裕はない。ここには切れ味の良いナイフはいくらでもある。」
「そこも見越してここにダニエルを運ばせたんじゃ、リディア様さまだな。」
「バートン。一番切れ味のいいナイフを湯がいてくれ。誰か縫い針あったらそれも放り込んでおいてくれ。それから誰か、執事に一番強くて一番高いウィスキーを持って来させろ。」
「うわ、勿体無い。」
「大事な弟だ。最善を尽くしてやる。目が覚めたらぶん殴るけどな。」
「そうだな。俺はぶん殴れそうもないから、今回だけはお前が叱ってやってくれ。ああ、畜生。」
ユーリスは右の二の腕で顔を拭った。
彼のシャツにも血が湿っているため、彼の頬は血で赤く染まった。
「お前もそのシャツを脱いで体を綺麗にしろ。汚れがダニエルの傷についたら大変だ。助かるものも助からないだろ?」
ユーリスは素直にシャツを脱ぎ、ダニエルの体を拭くのに使った湯の残りで体を拭き始めた。
いや、新しい湯か。
いつの間に交換されていた?
「ユーリスには怪我はないわね。ダニエルの兄なら怪我をしても黙っていそうだと思ったから良かったわ。」
女中頭か女中が持ってくるものと思ったが、リディアが新しいシャツとタオル、そして包帯等を持って戻って来ていた。
従軍看護師の物まねか、胸の前で十字にしたタスキを両肩にかけているという姿であり、いつも下ろしている髪の毛までも看護師風にきっちりと結っていた。
ダニエルの為に必死になっていた俺は、リディアのそんな貴族女性そのものの感性に苛立った。
貴族連中に人気のあるお遊びで、ケガをした友人男性の家に看護師や医者の恰好をした団体で押しかけて、看病パーティを始めるというものがあるのだ。
彼女は俺の感情に気付く気配もなく、持っていたものを俺達の取りやすい場所に置くと、俺達の方にしゃがみ込んでダニエルの姿をじっと見つめた。
「綺麗な穴。相手は新品の良い銃を使っているのね。ダニエルは幸運だわ。これだったらわたくしが取り出せそう。」
俺とユーリスは無邪気なだけのリディアを怒りを込めて見つめた。
ダニエルの傷から目を離さないリディアは、きめた、と呟いた。
俺達が何を?と彼女を見つめていると、彼女は料理を放り投げて湯を沸かし続けてくれるバートンに大声をあげた。
「ねえ、バートン。一番切れ味のいいナイフを湯がいてちょうだい。」
「リディア。もうやってる。」
「まあ伯爵!流石だわ!」
「そして、俺がやるから大丈夫。」
「まあ!では見ていていいかしら?お手伝いはできると思うの。」
「リディア?不要だよ。」
「あら。大丈夫よ。カシュレーン道場って時々大怪我した人も運ばれてきますからね、親切なレイが手当てして差し上げますのよ。ですから、わたくしも少々の怪我ぐらい縫ったりほじくったりできますの。」
「えっと、あの。」
俺が口ごもった代わりに、ユーリスはリディアに笑顔を向けた。
リディアがユーリスに微笑み返すと、ユーリスは笑顔のまま戸口を指さした。
「大丈夫ですよ。お嬢さん。俺も少々の怪我ぐらい縫ったりほじくったりできますから。あなたは出てってください。」
「まあ酷い!」
「いいから出てってください!俺の弟の一大事をお遊びにしないでくれ!そんな、そんな、従軍看護師みたいなたすきまでつけやがって!」
「ユーリス。」
俺はユーリスの肩に手を当て、そしてリディアに向き直った。
「すまない。」
「いいえ。私が無神経だっただけよ。出ていくわね。」
リディアは俺に微笑み、俺達にくるっと背を向けた。
リディアの背中にはシュウが括りつけられており、シュウは俺達に振り向いて大きく鼻を啜ると、リディアの背中に再び顔を埋めた。
リディアとシュウは厨房を出て行った。
「……看護師さんじゃなくて、おっかさんだったな。」
ユーリスがぽつりとつぶやいた。
悲壮感に満ちて緊迫していた厨房は、誰かが噴き出したのをきっかけに大笑いが始まり、俺も涙を出しながら笑い飛ばした。
「伯爵様。ナイフがゆで上がりました。」
「伯爵様、ウィスキーをお持ちしました。」
笑ったおかげで俺は冷静だ。
ダニエルに埋まった鉛玉など簡単に取り出せるだろう。




