義兄弟
「どうしたらいい?」
俺の質問に俺の親友であり義弟は役に立たなかった。
頭が痛いという風に左手で両目を覆い、右手は俺に酒を注げと言う風にしてグラスを傾けただけである。
俺は義弟のグラスに最高のブランデーを注いでやった。
ビールのようにガブガブ飲む奴には勿体無いと思いながら。
「どうしたもこうしたも、で、あんたは講師には収まった。意味わかんない。状況を見て令嬢に全てを伝えて、それからシュウを取り戻すって発想、あんたには無かったのか?そんで、シュウに脅えられたって、お前はシュウに何をした?」
最後の一言の時には彼は両目から左手を下ろしており、金色の豹のような目は俺に殺気を向けていた。
彼の姉のシーナは柔らかい茶色の瞳であったというのに、その弟は俺の背筋を凍らせられるこんな凶悪な瞳をしているとは。
「何もしていないよ。シュウが誘拐される前の俺達はいつも通りだった。行ってくるよ。お土産をお願いね、パパ、だ。畜生。誘拐犯め。何を吹き込んだのか。」
「本当か?年端も行かない女の子に求婚するんだって部屋に突撃した時点で俺は引いているけどね。シュウもこんなんがパパは嫌って、子供心に思ったんじゃないの?」
俺はブランデーのボトルをテーブルに置くと、紫色のラベルのあるボトルを自分の方へと引き寄せた。
次にユーリスにグラスを傾けられたら、この不味いポートワインを注いでやろう。
「怒ったのか?ポートワインは嫌いだ。ブランデーにしてくれ。まあ、講師に身をやつすのはいい考えだ。そこでお姫様と仲良くなって、シュウがどうして実の父親を怖がるようになったのか聞けばいいだろ?で、嘘をついてごめんなさい、を、最後にすりゃ何とかなるだろ。あんたは俺と違って伯爵様だしな!」
「そう、伯爵様なんだよな。」
貴族に政略結婚はつきものだが、俺は駆け落ち婚という恋愛結婚だ。
議会に出席するたびに俺を護衛してくれる兵士と仲良くなり、ある時に彼の家に雨宿りする事になった。
そこに、シュウの母となるシーナがいた。
母親を早くに亡くしたからと、シーナは父親と弟達の為に家事をして婚期を逃していた優しい女性だった。
母性溢れる年上の女性に俺は惹かれて恋をして、結婚生活はたった二年だったが幸せだったと思い出す。
「ああ、俺はシーナのお陰で幸せだった。きっと他の伯爵家やらの貴族連中には味わえない幸せだったのだろうよ。」
「無理して再婚しなくともいいよ。俺も大事な兄には幸せでいて欲しい。」
「ありがとう。だがいいんだよ。そんな幸せはもう手に入らない。だったら、シーナの忘れ形見のシュウが幸せならば、それでいい。あの子の為にならね、俺は誰にだっても求婚するよ。」
俺の肩にユーリスの腕が回された。
「姉を幸せにしてくれてありがとうな。」
「俺こそ幸せだったよ。」
「いやいや。愛人ぐらいで良かったんだけどさ、ちゃんと結婚してくれるなんて、あんたは本気で良い奴だよ。」
あの雨宿りはユーリスのお膳立てだったのかと彼を見返すと、彼は俺に分からないようにして目尻の涙を右手の指で拭っていた。
「ユーリス。」
「姉さんさ。恋愛小説が好きだったんだよ。こんなの一生の夢だわなんて言っていたからさ、本当に、ああ、ああ、あんたは良い男だよ。」
「ユーリス。」
「馬鹿だけど。」
「おい。」
「俺は軍を辞めたからな。シュウの安全の確保が今後見通しがつかなかったらな、俺がシュウを引き取って育てる。そん時はちゃんと俺に生活費を渡せよ?」
「ありがとう。君の生活費は約束する、が、シュウは渡さない。俺の大事な子供だ。」
「いい男だ。」
ユーリスは俺にグラスを掲げてくれた。
そして彼はブランデーなのに一気に飲み、俺は渋々ながら最高級のブランデーの方を注いでやった。