金貨五百枚の答え
私とミラの真後ろに立って困った顔をしている伯爵様を見て、なんて困った人、だと私こそ思った。
確かに私とアレイラはついて来いと伯爵に言ってしまったが、律義について来て、ずっと私達のやり取りを眺めていなくても良かったのではないだろうか。
ほら、腕に寝ているシュウも抱いているわけだし?
といいますか、さっさとベッドにシュウを寝かせてあげればいいのに。
私が厩舎で彼に言った事に感銘を受けていたようだが、それを本気にして腕が固くなるまでシュウを抱いているつもりなのだろうか。
あれは祖父の冗談よ?
祖父は腕が痛くなったら、可愛い孫の私だって、ぽいっ、だったのよ?
「伯爵様!姉が可哀想だと思いませんの!」
「いや、ええと。」
ええい、私が悪者になるか。
「ミラ。なんの本をお読みかわかりませんけれど、塩の加減やら栄養学を料理人に言い出すのは一番してはいけないことよ?それに、アレイラは意地悪でメニュー表を私達に見せたわけじゃ無いのよ。」
「う、そうだけど。じゃ、じゃあ、何のために姉にメニューを見せたの!何のために夕食を任せるわなんておっしゃったの!」
「あなたや他の人で、苦手なものや体が受け付けない食材が無いか確認して欲しかっただけよ。私はあなた方の好みは知らないけど、メニュー自体は特殊な素材が使ってあるものが無かったから、素晴らしいわ、と言ったの。」
「そんなのわからない!そんな事を分かっていて姉にやらせただなんて!やっぱり間違い探しか欠点探しの嫁いじめの場じゃ無いの!」
ミラは私をどんと突き飛ばすと、そのまま、おそらく、自分達が与えられた客室の方へと駆け出して行った。
「ああ、そうか、そういう事だったのか。」
私はもう一度伯爵に振り向いた。
「あなたは厨房で私達が何をしていたか分からなかったの?」
「い、いや。俺だっていつだってオールオッケーで素晴らしいと言っているから大丈夫だ。あ、そうだ。君は領地の管理の仕方が知りたかったんだよね。明日にでも差配人を呼んで領地の説明を受けるかい?」
私は結構よ、と言いかけた。
「すぐに呼んでくれ。お前の領地はちょっと凄い事になっているぞ。」
厨房は火を使いゴミも多く出る事から、屋敷の最端に設置されている事が多い。
つまり勝手口が近いという事だ。
勝手口から入って来たばかりの泥まみれのユーリスだった。
彼はダニエルを背負っていて、彼の後ろにはやはり泥まみれのジリアンと、彼女と同じぐらいの背の女の子が立っていた。
「ユーリス。」
「アレン。金貨五百枚だ。すぐに用意しろ。」
「なんて言う事だ!」
「金貨五百枚?足りないのならばおっしゃって。カーネリアン伯爵家もあなたについておりますわ!」
「い、いや、ありがたいが。本当に金貨が必要って意味じゃないんだ。」
「そうだ。武装した人買いがいるっていう軍部の暗号だ。」
「ディークが金貨五百枚って書いたのはそういう意味でしたのね。まあ!本当に危険でしたのね!」
「ディークが?」
「ええ。それでレイがディークの所に飛んで行ったの。」
伯爵もユーリスも同時に同じセリフを私に怒鳴った。
『知ってたんなら早く言え!』
私は彼らの怒号に吹き飛ばされそうになっただけで、驚いただけだった。
脅えて泣いたのは、怒鳴った人の腕にいる守るべき子だ。
「ぶぎゃあああああん。」
「もう!何をなさっているの!」
シュウを奪い返すまでも無く、シュウこそ私の腕に飛んで帰って来た。
「ぶばあああああああああん。」
「ああ可哀想に!ああよしよし。」
「わあ、ごめん、シュウ。怖くない。お父さん悪かった。ほ、ほら、シュウ。」
「そう、ごめんシュウ。叔父さんが悪かった。人身売買の業者が闊歩していたなんて知らなかったからさ。それにほら、ダニエルが怪我しているんだ。」
「そうよ!ダニエル!」
ダニエルはぐったりとして目を瞑っていて、血の気を失ったかのように顔色が青白くなっている。
私はダニエルを厨房に入れろと二人に怒鳴った。
厨房には熱い湯があり、血止めや消毒に使えるハーブ類も沢山ある。
そして、大事な女中頭が今そこにいるのだから、一番使える彼女を使わなくてどうするという事だ。




