女主人になる道は
「申し訳ありませんが、お嬢様。そろそろわたくしめに仕事をさせていただけませんか?あなたが焼かれたパイは、夕食のメニューにちゃんと入れておきますから。」
「いえ、でも。私はアレイラ様に夕飯の手配と申しつかったものですから。」
「ええ、あなたはあそこのお嬢様みたいに、俺ににっこり笑って任せるわとおっしゃればいいんですよ。さあ、頼みますから、そろそろ出て行ってください。」
レティシアは唇を噛みしめた。
次いで、自分の焼き上げたパイの称賛を受けるどころか追い出される事になったと、料理長が褒めた私が悪いみたいな恨みがましい目で私を見た後に、厨房を飛び出して行った。
アレイラはふうっと息を吐き、料理長は「しまった。」という顔を作った。
「バートン。気にしないで仕事をお続けなさい。夕飯の時間はいつもより一時間遅めでも良くってよ。邪魔をして悪かったわね。」
アレイラはそのまま厨房を出て行った。
私もと思ったが、私の前には黒髪の黄色いバラが立ち塞がった。
「なんだか納得できませんわ。なぜあなたが料理人に気に入られて、私の姉は嫌われたの?」
姉思いのミラは、厨房を飛び出した姉を追いかけるよりも、姉をそんな境遇に落とした私を弾劾する事を選んだようだ。
彼女は私をその指で刺し殺したいというぐらいに、右手の人差し指を私の胸に向かって指し示した。
「あなたは厨房で何もなさっていないではありませんか。」
私はミラの手をぱしっと弾いた。
言い返すのも面倒どころか、あなたのお宅では使用人が一人もいないからお分かりにならないのでしょうけれど、などと言っては彼女をこの伯爵家の中で貶めてしまう事になる。
使用人達は屋敷の中で存在を隠して働いているが、彼らの目はそこに住まう使用者達の立ち居振る舞いを全て見ているのであり、彼らの献身を受けるに値する人物なのかを計っているのである。
ここで私がオズワルド男爵家が使用人も持てない内情だと知らしめてしまえば、使用人達のオズワルド姉妹への扱いが変わることだろう。
これは単に、自分達こそ仕える人間を選ぶ立場にある、という使用人達にあるプロ意識に他ならない。
いえ、そうね、だからこそ使用人が主人を教育する事もままあるわね。
私は、突っかかってくるだけで敵にもならない煩いだけの少女について、将来的に私の敵になれるように塩を送ってやることに決めた。
そうよ、せっかくこんなにも素晴らしいスタッフがひしめく館にいるのだから、彼らの管理者になるための教育を受けなくてどうするの、という事だ。
「ミラ、あなたはお姉様の力になろうと必死で、なんて素晴らしい妹なの。」
「な、急に何を。何が言いたいの?」
「あなたも花嫁修業をするべきだわ。花嫁が嫁ぎ先の館の切り盛りをどうするべきか、ええ、あなたもご存じの方がお姉様を補佐することができると思うの。もし、お姉様がいつかお子様を持つことになった時、ねえ、動けなくなったお姉様のために、あなたが女主人の代りをしてさし上げるのでしょう?」
「え、ええ。も、もちろんだわ。」
私は厨房で全てを見守っていた女中頭、紹介もアレイラに受けていなかったが常にアレイラの視線を受けていたからそうだろう女性、に微笑んだ。
彼女は私の視線を受けて、私の考えを全部読んだとにやっと笑った。
「お願いできるかしら。オズワルド姉妹はわたくしの友人ですのよ。」
「喜んで、リディア様。ベティをオズワルド様に付けましょう。」
「ありがとう。ベティは素晴らしい方のようね。」
「はい。リディア様こそお気に召すと思います。」
「まあ、聞くほどに羨ましい話ね。ミラ、良かったわね。」
「え、ええ。ありがとう。」
ミラは何が起きたのかわからない顔であるが、ベティが彼女の部屋に向かった後は、嫌でも思い知ることになるだろう。
私は彼女に微笑んで見せた。
「さあ、わたくしたちも厨房を出ましょう。お仕事の邪魔をしてはいけないわ。」
「おや、見学でしたら構いませんよ。」
「あら、わたくしは食いしん坊ですの。我慢できずにつまみ食いをしてしまいそうですから、これにて失礼させて頂きますわ。」
私はミラの腕に自分の腕を絡め、ミラを連れて厨房を出た。
「ど、どうして、あなたは受け入れられるの!いいえ、姉は将来の女主人として、言うべきこととやるべきことをやっただけだわ。どうして誰も庇ってくれないの!特に、伯爵様が!」
私は後ろを振り向いた。
シュウを抱っこしている伯爵様が真後ろについて来ていて、なんて言っていいのかわからない、といういかにも困った表情となっていた。




