板挟みの男
ダニエル達が葦毛の馬に乗って出ていくのを見送ると、俺とリディアは仲良く肩を並べて館へと戻った。
まずはシュウを俺の部屋に横にさせ、俺の部屋の続きのサロンで彼女とお茶を飲みながら語らうか?
疲れた彼女が横になっても大丈夫な程にソファは広い。
昨日に馬を並べて互いを語り合ったのは正解だった。
二人の事よりも会話に参加したがるシュウの話を聞くばかりとなったが、リディアが常にシュウの言葉を聞こうとしてくれる姿勢に、俺はそれでリディアの人となりが分かった気がするのだ。
いや、この人ならば、と確信した。
シーナのように全てを捨ててもという愛を捧げられないのは申し訳ないが、その代わりとして俺はリディアに一生の真心を捧げるつもりだ。
まず彼女に俺への結婚を意識してもらわねばならないが、それは彼女をサロンに引き込んだ後に俺の行動で考えてくれるはずだ。
厩舎で俺にキスをしてくれたのならば、ほんの少しだけでも男と女の駆け引きを覚えさせてもいいはずだ。
「まあ、良い所で。働き者のオズワルド嬢は厨房で得意のパイを焼いてくださってますのよ?そこの次期女伯爵様は何がおできになるのかしら?」
鬼ババア!
俺はリディアの背にそっと手を、なんということは、シュウを抱いていて出来なかった。
そのせいでリディアをアレイラの前へと進ませてしまい、リディアが偉そうに顎をあげるところを見て、ああ、と両目を瞑るしかなかった。
「何も。」
「まあ、何もおできにならないと?」
「さようでございます。こちらには素晴らしい料理人がいらっしゃって、素晴らしい献立を考えていらっしゃるはず。何も知らない私がそこのお邪魔をするわけにいきませんでしょう。あら、でもご安心なさって。味見だけは得意ですのよ?ギャスケル家の味はカーネリアン家とどのぐらい違うのかしら!」
鬼むすめ!
これが、アレイラがリディアだけは絶対にダメという理由か!
レティシアはシーナと似ている。
貧乏に慣れているからか芯が強く、人前では自己主張などしない楚々としたところが、気が強いが心根が優しいアレイラの庇護欲を掻き立てるのだろう。
対してリディアは、攻撃されれば攻撃し返すだけの人だ。
庇護欲どころかバリケードを張りたくなる相手かもしれない。
「リディア。一応は俺の大事な祖母なんだ。戦車で突撃するのはやめてくれ。」
ぴしっ。
祖母が扇で打ち付けたのは、彼女の孫である俺の左の二の腕だ。
「痛いです。シュウに当たったらどうされるおつもりですか。」
「大事なシュウに当てるはず無いでしょう。この馬鹿孫。」
アレイラは俺を睨みつけてから再びリディアに向き直った。
リディアは、それはもういい笑顔でアレイラに向いている。
「すいません、お二方。俺は自室に戻っていいですか?」
「ダメに決まっているでしょう。あなたが結婚を希望しているならば、あなたの目で、良妻とやらを確認するべきでしょう。」
「まあ、おほほ。ではわたくしは脱落ですわね。わたくしは良妻になるつもりはありません。わたくしがなるのは女伯爵です。伯爵としての領地管理に関して、そこはあなたに教えていただきたいと思っておりましたが。ああ、残念なこと。あなた様も例に違えず男性の家令か差配人任せの伯爵さまでございましたのね。」
ピシ。
アレイラは自分の手の平に強く扇を打ち付けた。
それからリディアを踏みつぶす勢いで睨みつけた。
「世間知らずの小娘が言いそうなことですわね。小を知り、大を知る。館の運営はそのまま領地の管理に繋がるのよ。決められた予算で館の中を動かす。ええ、領地のように収益についても考えなければいけないことと比べれば、領地の運営と違うと言えますが、この程度の館一つ動かせない人間に広大な領地を守れるとお思いかしら?」
「思いませんわ。わたくしの思い上がりで申し上げた言葉について謝罪いたします。では、厨房に参りましょうか。この館の運営についてアレイラ様直々にお教え願いたいものですもの。」
「教えは乞うものじゃないわ。盗むものよ。ご存じないの?」
俺の目の前で言葉で殴り合った二人は、俺の目の前で休戦し、俺の目の前から並んで去って行くではないか。
俺は今のうちならば逃げられる気がしたが、二台の戦車は同時に止まり、俺に砲撃しそうな視線を向けて来た。
『あなたこそいらっしゃいな。』
戦車は同時に同じことを俺に要求した。
嫌ですなんて、絶対に言えない。
シュウを一人ぼっちで部屋に置く事も出来ない俺は、シュウを抱いたまま戦車の後を追いかけた。




