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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第四章 ギャスケル家の最初で最後の砦
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時間は止まる

 機械仕掛けの人形のように、ジリアンとダニエルは揺るがない視線を伯爵に一心に注いでいる。

 さあ、初めてのデートが成功する言葉を言うんだ、と。

 伯爵は、「う。」と言葉を詰まらせ、それから二人から顔を背けた。


「……み、ミランダだったら使えるんじゃないのかな?」


 弱!と私が思った一方で、ダニエルとジリアンは歓声を上げた。

 いいの?この二人はとっても危険な場所に行くかもしれなくてよ?


 私だけでも二人を止めるべきだと思ったが、えへ、という風に私を見上げたジリアンが凄く嬉しそうだった。

 私は二人に、凄く気を付けて、としか言えなくなった。

 だけど、友人だからこそ友人の危険は止めなければいけないわよね。

 小さな恋の始まりかもしれなくても。


 だから厩舎にまで伯爵の後についていき、ダニエルの為に馬を引き出すよう厩舎の使用人に指示をしている伯爵の傍に近寄った。

 なんだか友人を売る密告みたいな悪い事をしているようで、私がこんなにおずおずと人に近づくのは初めてだなと思いながら。


「ああ、君の腕の中で寝ちゃたか。ずっと大事に抱いてもらえるなんて、シュウには君が神様だね。」


「そ、そんなことは。子供を好きなだけ抱いてあげるって、ふ、普通の事ですわ。亡くなった祖父はそう申しておりました。」


「おじいさまが?」


「ええ。どうせ大きくなるんだからと。大きくなったら抱きたくても抱けないし、抱きたいほど可愛くなくなるのだから、可愛いうちに抱いておくんだって。わたくしをいつも腕に抱いてくださいました。」


「ははは。素敵だ。俺も今度からそれを使おう。さあ、今度は俺に抱かせてくれるかな。俺も可愛いうちにシュウを抱いておきたい。」


 腕の中で重くなった子供に伯爵は手を伸ばし、伯爵は私からシュウを受け取るのではなく、私の腕から掬い上げるようにしてシュウを抱き上げた。

 その時に私達三人はきゅっと密着した。


 伯爵が抱いているのはシュウだけだけれど、私は彼に包まれた錯覚をした。


 彼の頬が私の頬に当たった。


 私達はハッと驚き互いを見つめ、けれど世慣れた伯爵はすぐに笑顔を作ってくれたので、私達のその緊張を無かったものにしてくれた。


「すまない。いや、貰えなかったチュウの代りだと思えばご褒美かな。」


 魅力的な笑顔で言ったのではなく、なんて恥ずかしそうにしてこんなセリフをこの人は口にしているのだろう。


 可愛い。


 私はほんの少しだけつま先立ち、伯爵の頬に唇を当てた。

 あ、伯爵の時間が止まった。

 私のキスで彼は動きを止めたわ。

 でも、私だって時間が止まってしまった。

 なんて大胆なことをしちゃったのかと、この後はどうしていいのかわからなくなったのだ。

 

 ぷ、くすくす。

 軽やかな笑い声に、照れて真っ赤になった横顔。

 私の時間が再び動いた。


「そ、そんなご褒美をもらえるようなことをしたかな、俺は。」


「あ、そ、そうですわね。危険な場所に行こうとしている友人を止めて下さらなかったのだから、お仕置きの方が良かったですわね。」


 そこで伯爵は大きく笑いだした。

 いつもの普通の表情に戻ったが、目尻に笑い皺をぎゅっと寄せていて、こんなに気安い笑い顔は初めて見たかもしれないと、かえってドキッとした。


「ハハハ。ユーリスが既に出ているから大丈夫だ、と思う。いや、ダニエルを外に出したってバレたら、やっぱり俺がユーリスに仕置されるか。」


「まあ!外はそんなに危険なんですの?」


「いや。ユーリスの目にはダニエルが六歳のままなんだよ。」


 私はそこで吹き出した。


「リディア、君は訂正してあげないの?可哀想なダニエル。」


「あら、だって。」


 彼の優しい笑い声を横で聞くのは、なんて心地よいのだろう。

 このままずっと聞いていたいほどに。

 え?

 私は何を考えているの?

 私の時間がまた止まってしまった気がした。

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