いつもダニエルは傍にいる、けれども
何たること!
私の顎に添えられた長い指先。
どんどんと伯爵の顔が私に下がって来て、私がチュウをするのではなく、彼が私にチュウをしようという体勢だ。
だが、伯爵はピタリと動きを止めた。
時間が止まった彼の目は、私ではなく、私の後ろ側を凝視していた。
私もゆっくりと彼が見ているものへと振り向けば、私達を見ていた者達の期待溢れる楽しそうな笑顔を目にする事になった。
ダニエルとジリアンがいたのだった。
ダニエルが私とジリアンの部屋を自分の部屋みたいにして居つくのはいつもの事だが、ジリアンが今回は尋常ではないぐらいに自分の意思を通そうとしていて、私とダニエルで彼女の考えを覆そうと試みていた所だった。
ディークの所に確認に行きたい。
その気持ちは凄くわかる。
しかし、ディークが交渉に行っている国境近くの村、リベリット村は、この地域をよく知っている伯爵家の召使いに尋ねてみれば危険この上ない場所らしい。
「伯爵!遠乗りをしてきていいですか?ダニエルと一緒だったら大丈夫だと思いますの。よろしいかしら?」
ジリアンは商人の娘だけあって機を読むのが上手い、と私は思う。
この進退窮まった状態の伯爵だったら、ジリアンのお願いをよく考えずに許可を与えるだろうと思ってのお願いだ。
私は友人だからこそジリアンを止めなければ。
「いや。遠乗りは今日は諦めてくれ。馬達を休ませなければいけない。それに、私とユーリスとハワードの馬はダニエルには乗せられない。」
よくぞジリアンを止める言葉を言ってくれたと思ったのに、この伯爵は余計な言葉を足してくれた。
ダニエルは見るからにむっとしているじゃないか。
弟の好きな女の子に、弟が馬を御する腕が無いから君のお願いは聞けないね、と言っているも同じだと気が付かないのであろうか。
「あら、ではリディアと少しだけでも遠乗りがしたいですわ。リディアはハワードの馬に乗れましたもの。それならいいでしょう?」
あ、ジリアンが最初に私ではなくダニエルの名前を出したのはそのためか!
最初から私の名前を出せば、伯爵の言葉は完全に駄目だという言葉になるだろうから。
「まあ!ジリアンは狡猾ね!素晴らしいわ。ええ、あなたにそこまで覚悟があるなら大丈夫。ええ、お供しますわ。」
「君は何を言っているの!」
うわ、耳元で半音高い声で怒鳴らないでほしい!
伯爵にしてははすっぱな声で私を怒鳴った男は、大きく息を吐いてもう一度怒鳴ろうとしたが、別の男の声でその機会を失った。
「いい加減にしてくれよ!俺はそんなに頼り無いのかよ!ジリアン!」
いつもへらへらして、喧嘩している時だって笑顔のダニエルが、固い顔をして本気で怒った低い声を出したのだ。
その言葉は大声では無かったが、いつもと違うからこそ私達の胸にずんと来た。
「そんなはずは無いでしょう。虐められている時にいつも助けてくれたのはあなたじゃ無いの。落ち込んだ時には笑わせてくれるのも、いつもあなたよ?」
ジリアンはそっとダニエルの右腕に右手を添え、ダニエルはそれだけで顔を真っ赤に染めた。
「ごめん。俺と出掛けたかったと聞いて嬉しかったのに、君はリディとこそ出掛けたいなんてことを言うから。」
「あら、だって、リディアと私だけの二人を外に出すわけにはいかないわ。あなたは必ず来てくれるでしょう。」
ダニエルは自分の右腕に触れるジリアンの手をぎゅっと左手で掴み、自分を見上げるジリアンを真っ直ぐに見つめた。
「当り前じゃないか。」
「うれしい。じゃあ、少しだけ一緒に外に行きたい。駄目かしら?」
「俺だって行きたいよ!」
二人は同じタイミングで同じ人を見つめた。
それは私ではなく、伯爵その人である。




