デリカシーの所在
あの黒塗りの弾丸馬車は、霊柩車だった。
階段が必要な程に乗車部分が高いのは、本来だったら銃弾や砲弾などを輸送するための貨物室の広さを確保するためであり、車輪が普通よりも大きくて地面に穴を開けそうな程に化け物じみているのは、貨物室の重量を支えるためだった。
つまり、本来だったら恐ろしい武器が収められている馬車の腹に、エヴァレットの遺体の入った棺が納められていたという事だ。
辛い亡くなり方をした家族を歴史ある霊廟に収めてやりたい。
その気持は物凄くわかる。
わからないのは、黒鯨号に乗せられた私達が何も知らずに遺体の上を座ったり歩かされたりしていた、という事実に気が付かない伯爵とユーリスだ。
私達女の子全員がその事実を知り、物凄く茫然としている様を、自分達の気持ちに寄り添ってくれていると勘違いさえもしているようだ。
確かに面倒な女の子も棺も一緒に運べるって、もの凄く合理的ですけれどね。
「ダニエル、あなたは大丈夫なの?」
隣に座るダニエルに声を掛けたが、彼は大丈夫だと言って微笑んだ。
目尻に涙がきらりと光り、多分私が言った意味での大丈夫を理解してはいないなと気が付いた。
私の言った大丈夫は、あなたはお兄さんみたいにデリカシーのない人ではないわよね?という大丈夫である。
だが、ダニエルは家族を失ったばかりなのだ。
私は彼を責めるのではなく、優しくしてあげようと思った。
「うーん。私も兄のところに行くべきかな。レイと合流したら買い付けを忘れそうで不安だわ。大体まだ一枚も手に入れていないってどういうことなの?」
レイは馬車が伯爵のカントリーハウスに到着するや、ダニエルの馬を借りてディークの元へと駆け抜けていった。
そこは仕方が無いと思うが、その理由が、ジリアン宛にディークから言づけてあった手紙をレイが読んだからだろう。
「緊急事態発生。服の買い付けよりもリベリット村の問題解決が先になった。金貨五百枚は必要かもしれない。ジリアン、君は危険だからこちらには絶対に来ないように。」
全く意味が分からないが、レイが慌ててディークの元に向かったからには、とてつもなく緊急事態か起きたのか、二人の愛の暗号があったのか、そのどちらかには違いない。
「ジリアン、心配なのはわかるわ。だからこそここでディークの帰りを待ちましょう。絶対に服を買い付けて来てくれるわよ。」
「そうね。信じればいいのよね。はあ、信じられなくなったのは私の問題ね。」
「いや、わかるよ。俺だって兄を信じられなくなっているからさ。」
私はダニエルの肩をポンと叩いた。
彼が少々濡れているのは、エヴァレットを霊廟に安置して来たからであるのだが、エヴァレットの遺体がかなり痛んでいた事で、彼らは遺体につく虫と格闘しながら霊廟に運ぶ羽目になったのだという。
ダニエルは両手で顔を覆った。
「信じらんないよ。あいつら適当だった。すっげー適当だった。ここまで運んだのだからいいよねって、適当な場所に適当に安置した!俺はあいつらより絶対長生きする。あいつらに絶対自分を埋葬なんかさせるもんか!」
「ほ、ほら、ダニエル?紅茶のお変わりはいかが?」
「まあ!館の主人がいない所で平気でお茶を飲めるなんて、時代は礼儀作法を捨てて進んでしまったのね。」
厳しい女性の声が響き、室内の女の子達は一斉にびくっと震えた。
大体伯爵が私達をこのサロンにお茶とお菓子と一緒に閉じ込めたのだ。
確かに館の本当の主人を待つことこそ礼儀かもしれないが、既に二時間以上は経っており、この館の召使達こそ次々とお菓子やお茶のお代わりを運んできては私達に勧めているのである。
そんな状態の私達に無作法などという無体な言い分に、謝罪して下ろす頭は私には無い。
第四章です。
伯爵の祖母には、地味でも心が強いシーナはお気に入りになれましたが、見た目が派手で心も体も強いリディアは気に入ってもらえるのでしょうか。
そんな嫁姑話です。




