そのまま進め
男に涙を拭われて恥ずかしがるべきだろうが、俺は何度もユーリスにこうして慰められてるために、恥ずかしいどころか気持が落ち着くばかりだった。
「ありがとう。俺は君に慰められてばかりだ。」
「俺もお前に慰められているから良いんだよ。」
「そうか。そう思ってくれるならありがたい。俺は君に頼り切りだからさ。」
「いいんだよ、頼られる俺は俺も好きだから。ただね、俺はさ、時々疲れるんだ。金がないから俺は軍に行った。弟達が独り立ちするまで俺は奴らを見守らねばいけない。ああ、俺が勝手にしている事だけどさ、時々疲れるんだ。するとさ、アレン、お前は俺を甘やかす。俺に黒鯨号を与えたりね。」
ユーリスは口を閉じると酒の入ったグラスを床に置き、長い足を胸に引き寄せて山となった膝に顔を埋めた。
俺は彼に何も言えなくなり、彼の肩に自分の肩を寄せた。
エヴァレットは流刑船に乗ることになった、とダニエル達には伝えてある。
エヴァレットがマナーハウスにジョージ達を引き入れる手引きをしたのも事実であり、そこまでの惨劇が起きると彼が考えていなかったとしても、三人もの人間の命が失われているのである。
彼が命を懸けてシュウを首都に連れて来てくれたことで俺は彼を許すつもりでもあったが、エヴァレット自身が自分を許せないと自首したのである。
彼がどこぞにふらふら行こうとしていたのは、遊興へ、ではなく、絞首刑もある法廷だったとは俺は思い当たらなかった。
「……あいつは見送るなといった。船の出航は明日だ。」
「……うん。そうだな。」
「明日には弟達に告げていいかな。エヴァレットはこの世にいないって、乗っちまったのは天国の船だったって。やっぱ、内緒にはしとけねえよな。」
俺達はエヴァレットの置手紙を読むや慌てて彼が向かった先に出向き、そこでそう、俺達が建物に入るや看守たちの大騒ぎの中に巻き込まれたのだ。
俺達は嫌な直観に従い、俺の伯爵位を振りかざして、囚人たちが大騒ぎしているその場に飛び込んだ。
エヴァレットは硬い石の床に倒れていた。
胸から腹にかけて真っ赤にしていた。
エヴァレットはユーリスに抱きかかえられ、ユーリスに最後の言葉を残した。
流刑船に乗ったと皆には言ってくれ。
「アレン、本気でいいのか?弟をお前の一族が眠る霊廟に寝かせてもよ?」
「いまさら!兄弟の頼みだ、かまわんよ。」
今や沢山ある領地の一つのカントリーハウスでしかないが、元女伯爵が守るあの館は、ギャスケル家の最初の砦であり、歴代の伯爵が眠る霊廟もあるのである。
歴代と言っても祖母の祖父までしか入っていない、という、今やギャスケル家の古い墓でしかないが。
祖母が伯爵となった時、墓は自分達の霊廟ではなく首都に近い教会に作ることが貴族の間で流行り、ギャスケル家はその流行に乗って霊廟に入るのを止めたのだ。
葬送もイベントの一つであるならば、弔問客に旅費を掛けさせる遠くの霊廟よりも、客を簡単に大量に呼べる場所を選ぶのは当たり前のことである。
だが、この風潮は俺には救いとなった。
親族や他の貴族にシーナを苛ませたくないと、俺はひっそりした隠れ家的な教会をシーナの為に選んだ。
俺のシーナは静かな教会の墓地にて、天使が彫られた白い石の下で眠っている。
「アレイラは許してくれるかな。」
「愛人になるんだろう?頑張れ。」
「ああ、くそ。お前こそ頑張れよ。」
長い足を伸ばし、顔をようやく上げたユーリスはいつもの顔だった。
いつもの俺を揶揄う顔で、長くて少々固い指を俺の胸に突き刺した。
「お前は進め。立ち止まるな。新兵におぼこ娘はぴったりだ。あっちが下手でもわからねぇ。安心して突き進め。」
「お前は本気で失礼な奴だな!」
俺達は再びふざけた笑い声をあげた。
馬鹿話をして、馬鹿笑いをして、笑い過ぎて涙を流すために。
生きて明日を進むために。




