泣きたいときは泣けばいい
俺は急遽食事席を大人と子供に分けた。
当初は、みんな一緒、としていたのだが、俺はあれを見てしまったのだ。
薄衣一枚のリディア。
同じような格好をした、同じような、いや、彼女と比べると小柄で妖精みたいな美少女と絡み合っているリディア。
つまり、女神と妖精のしどけない姿を見てしまったのだ。
月の光の様な長い金の髪は、少し濡れているからか輝きを増していて、リディアの体に纏わりついて彼女の白い肌をさらに輝かせていた。
あんなにも逞しいと思った背中の持ち主であったが、真っ白なシュミーズ一枚では心許無い感じとなり、リディアが初めて華奢に見えた。
リディアの白い首は長く、俺に向かって顔をあげた時、その長い首を伝って髪がひと房彼女の胸の方へと落ちた。
あれは俺が「君の匂いだ。」と言って掴んだそのひと房だと、俺の脳が勝手に俺に囁いたせいで、自分の指が彼女の頂に触れた錯覚となった。
薄い布一枚に覆われただけというその場所は、大きくはないが丸くて素晴らしい形。
顔を覆え!目を塞げ!
自分を保たねばここで屍を晒すことになるぞ!
恥辱に塗れた尊厳を失った屍だ!
「お疲れさん。いいね、大人だけの食事は。」
俺はなじみ深い顔に微笑み返した。
大人と子供で食事の席を分ければ、リディアがシュウと子供組になるのは目に見えている。
すると、確実に男爵令嬢と俺だけの食事になる。
その結果に気が付いた俺は、今夜は気兼ねなく食事をして欲しいと男爵令嬢達に伝え、自分も部屋で食事を取ることにしたのだ。
当り前だが、俺を揶揄える機会を逃さないユーリスは俺の部屋に来た。
俺達はフォークもナイフも捨て、手づかみで肉をつまみ千切らずにパンを丸ごと齧り、手酌の酒を流し込むという晩餐となった。
ベッドを背もたれにして床に座り込み、床に皿やグラスを置いて、肩を寄せ合って飲み食いするというただの酔っぱらいだ。
「飲み過ぎるなよ。君が御者台から落ちたら事だ。この三日、ご苦労さん。」
「いやいや、本気で御せるとは思わなかったからさ、楽しいよ。六頭引きの伝説の黒鯨号だろ?良く借りれたねえ。」
「はははは。君への貢ぎ物だって言ったら一発だったよ。ドウェイン夫人は君のファンだと言うじゃないか。どう口説いたんだ?あの頑強で有名なご婦人を?」
ユーリスは俺に流し目を寄こした。
金色に輝く瞳は敵を逃さず撃ち抜くからだと揶揄されているが、彼がその瞳を俺に使う時は俺を揶揄う時ばかりである。
「色っぽい話は今のお前には毒なんじゃないのか?この、覗き魔!」
「なっ!」
「こいつのせいで部屋にお籠りか!ガキの裸を見たぐらいで!」
ユーリスの大きな手が俺の股間を掴み、俺は慌てて彼の手を弾いた。
ユーリスの馬鹿笑いが煩い。
「ダニエル!あのお喋りか。」
「ははは、許してやれよ。あいつはあいつで落ち込み中だ。」
「あいつが落ち込み?どうしたんだ?」
「はははは。あいつこそお友達の体に見惚れて動けなくなっていたのにさ、お友達はあいつを一切すけべいと罵らなかったそうだ。俺はジリアン達には犬だ、犬程度なんだ、と、落ち込み中だ。」
俺は吹き出し、ユーリスにグラスを傾けた。
彼は嫌そうな顔をしながらウィスキーを俺のグラスに注いだ。
「もっと。」
「お前は弱いだろ。」
「君に比べればね。だが、今夜は酒に飲まれたい気分でもあるんだ。」
「お前は決めたのか。だったら迷うな。決めたんなら迷わずに突き進め。」
「新兵に言う言葉みたいだな。」
「新兵だよ。どうしてお前はいつまでも新兵のままなのかと思うけどね。」
ユーリスは揶揄うように眉毛を上下させて見せつけ、自分のグラスには酒をなみなみと注いで零れ落ちる前に口を付けた。
それでも酒の匂いはそこらじゅうにふりまけられたように充満し、俺は彼が数年前の自分をこの匂いに染めて潰した日を思い出した。
俺はシーナが亡くなった後、シュウのために生きた。
シュウの世話を俺がしなければ、シーナが命を懸けて産んだシュウは死ぬのだ。
葬式にも戦地で戻って来れなかった男は、一か月後に汚れた兵隊服で俺の目の前に現われ、俺を暗い小部屋に引き込むや俺を押さえつけて酒を飲ませた。
「聞いたぞ!お前は泣いていないんだってな!飲め、そして泣け。シュウはダニエルも俺もいるんだ。お前は一日ぐらい壊れて泣き叫べ。赤ん坊のように泣き叫べ。惚れた男に泣いてもらえないんじゃ、シーナが可哀想じゃないか!」
俺を押さえつけて涙を流していた男は、今は俺に揶揄いの目で見つめていた。
ユーリスの口元は、しんぺい、と声を出さずに俺を嘲笑った。
「構わないだろ。俺はきっと男らしさが無いのかもね。好きな相手じゃ無いと嫌だと思うんだ。人生にシーナ一人きりでも良かったさ。あいつが生きているのなら。ああ、俺は一生シーナのものだけで良かったんだ。」
太い指が俺のこめかみを無造作に拭った。
乱暴な所作であるが、これは彼のどうしようもないぐらいの優しさでしかない。




