はひゅっ!
ベラン村には明日には着く。
そういうことは、つまり、私は伯爵の祖母に挨拶するという事だ。
なんて挨拶するべき?
シュウちゃんのママです?
次期カーネリアン伯爵です?
私は独身男性の身内に紹介されるという意味を、実はあまり考えていなかった、という事に今更気が付いたのである。
違う。
挨拶の意味合いが変わったのかもしれないと慌てているのだ。
「君を誘惑したい。」
「はひゅっ!ジリアンったら。」
私達は旅の汚れを落とすために湯あみをしたばかりだが、今度はその湯あみで火照って疲れた体を癒すために、宿屋のベッドでシュミーズだけという薄着のまま二人並んで転がっていた。
お喋りはお風呂の中で散々にした。
だから私達は殆ど半分眠るようにくっついていたのだが、私が悶々と伯爵とのことを考えている事にジリアンは気が付いたから揶揄ってきたのだろう。
「ねえ、どうだった。男の人にときめくって、どのぐらいドキドキするもの?」
「ドキドキって、違うわ。」
「ウソ。」
「違うの。心臓が止まったって感じ。あんなに綺麗な瞳をしているのがいけないのよ。あの目で見つめられたら何も言えなくなってしまうのよ。」
「まあ!あなたは緑の瞳が好きなの?ミラだって綺麗な緑の瞳よ?」
確かにと、私はミラの緑色の瞳を思い出したが、なぜかその瞳は直ぐに長い長いまつ毛に縁どられた流線の美しい瞼の下で輝く瞳に切り替わった。
その瞳は潤んでいて、たった一つぶの涙がつっと彼の頬を伝った。
私はその涙を拭ってあげたいと指が動きそうだった。
涙脆いも入れておいてくれ。
「ひゃあああ。」
「どうしたの、リディア。」
「何を変な声を出しているの?」
ベッドの上で絡み合ってるみたいにして転がっている私達は、ノックも無く入って来た男性の声にむっくりと起き上がった。
「何を女性の部屋に平気で入ってくるかな。」
「そうよ、ダニエル。ノックぐらいはしなさいよ。」
「いや、ここはきゃあと叫んで俺を追い出して欲しかった。俺はここから逃げるタイミングを失ったみたいだよ。」
ダニエルは平然と部屋に入ってくると私のベッドに腰かけ、腕を組んで珍しく何かを考え込んだ。
「やばい。」
「気が付いてくださって良かったわ。」
「気が付いたならば出てって、ダニエル。」
「裸同然のお前ら見てさ、ぜんっぜん、恥ずいとか思わんて、それやばくね?」
私達はダニエルに枕を投げた。
彼はそれを笑いながら受け取ると、伝令があった、と言いながら投げ返した。
「きゃあ。伝令?」
「きゃあ!伯爵。」
ジリアンの叫び声に私は戸口を見返した。
顔を真っ赤にした伯爵がそこにいた。
彼は私と目が合うと、ぱっと両手で顔を覆った。
「何も見ていない!失礼する!」
伯爵は大声で叫ぶや、太鼓をうち鳴らすぐらいの騒々しい音を立てて戸口から走り去っていき、私達の足元ではそんな音を消してしまうぐらいに騒々しくダニエルが腹を抱えて笑っていた。
私とジリアンはもう一度彼に枕をぶつけた。
「あなたも伯爵を見習いなさいな!」
「そうよ、見習って、外!」
「やだよ。匿って。この部屋を出た途端に俺がアレンに殺される。」




