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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第三章 無駄に大きな馬車に乗って
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一番偉い人はホストをしなければいけない

 夕飯のテーブルには、俺がエスコートしたレティシア以外には、ジリアンとユーリス、そしてレイとミラ、という顔合わせだった。

 リディアがいない。


 宿屋で格式ばった食事にはしたくはなく、丸テーブルでしかなかったが、本来ならば女性陣で一番位の高いリディアが俺の右横に座るはずだが、俺の右横はレティシアで、左横には当り前のようにしてミラが座っている。

 そしてテーブルは男女が交互になるように座るべきもので、ミラの隣がユーリスでその隣一つ開けてレイとジリアンが座っている。

 もちろん、ジリアンの隣となりレティシアの隣となるハワードの席は空白だ。


「あれ、リディアはどうしたんだ?ハワードも。」


 俺はテーブルの担当らしい給仕人に尋ねた。

 俺のエスコートを待って部屋にまだいるのか?

 ああ、そうだ。

 慣習上、位がこの場で一番高い俺がエスコートすべきは、女性の中では一番位が高いリディアで無ければいけなかった。


「伯爵様、そのお二方は別の場所でお食事をとられております。」


「別の場所?どこで?」


 給仕人は意味ありげな笑みを浮かべただけで質問には答えず、俺に頭を下げて食事を持ってくる手配をし始めた。

 そこで俺はジリアンに目配せをしたのだが、彼女こそリディアの不在は知らなかったらしく目を丸くするだけだった。


 そこに別の給仕がテーブルに近づいて来て、どうぞと、何かのメモを俺ではなくジリアンに手渡した。

 恐らくも何もそれはリディアからの親友への手紙であろう。

 ジリアンはそのメモを開き、口元を押さえて軽く吹き出した。


「まあ、なあに?」


「どうぞ、レイ。リディアらしいわ。私も明日からお食事は子供部屋の方がいいわね。私もデビューがまだのお子様ですもの。」


 レイはジリアンからメモを貰い、そのメモを読みながらジリアンの言葉でクスクス笑いだした。

 銀色の長い髪をボブのように見える形にゆったりと結い、体の線が見えないドレスを見に纏う姿は、どこから見ても中年の貴婦人である。

 俺と同じぐらいの身長の彼が女装しているはずなのに、この旅路で出会う誰もが、彼が男性だと指摘しないのは何故だろうと、俺は朗らかな笑みを顔に浮かべるレイをじっと見つめてしまった。


「カーシュ、うちの大将が仲間外れで涙目になっている。次はそのメモをアレンに渡してやってくれ。」


「ヴァル、元上官だ。一応敬語は使おうか。」


「あれ、君達は知り合いだった?」


 レイとユーリスは俺を見返し、互いに指を差し合った。


「糞砂漠作戦の金豹。」

「糞砂漠作戦の銀鷹。あの作戦で俺は勲章貰って評価されたが、このおっさんはそんな俺に自分の階級章を売りつけて除隊した人。」


「おっさんとは失礼だな。たいして変わらないくせに。」


「変わるよ?俺はまだ二十代だからな。」


 レイは鼻で嗤った。


「ギリね。いや、弟一人御しきれないんじゃ、青二才で良いのか。」


「てめ。」


「君達席替え!いや、やっぱり良いよ動かなくて。申し訳ないけど、ミラ、あの親父連中の間に納まってくれないかな。」


「まあ、では私がそこに参ります。可愛いミラをそんな恐ろしい方々の間になんか座らせられませんわ。」


 するとすぐに俺の右隣りが大げさな音を立てて立ち上がりかけた。

 この席では唯一大人の嗜みを持った女性であり、気の強い女の子に囲まれた中では楚々とした彼女は男の保護欲を誘う存在でもある。

 俺は彼女に座り直すように微笑み、ミラには良いよと言おうとした。


「まあ!お姉さま。私は大丈夫よ。これも試練だと思います。」


「まあ!可愛いあなたがどうして試練なんて受けなければいけないの?あなたは私のせいで辛い思いばかりなのに。」


 ヒヨコを守る雌鶏みたいなレティシアの振る舞いに、俺はシーナを思い出した。

 彼女はダニエルを叱り飛ばす癖に、ダニエルが誹りを受けた時には、それはもう、あのダニエルが彼女を止めるぐらいに怒り狂ったものだったのだ。


「レティシア。俺が悪かった。あの――。」


「まあ、試練だなんて。こんなに楽しい方々の席をあからさまに嫌がって見せたりと冗談が過ぎますわね。私が間に納まりますわ。ええ、私を仲間外れにしたリディアやダニエルのお話をたくさんお聞きしたいものですしね。」


 ジリアンはコロコロと笑いながらレイとユーリスの間に納まった。

 そうだ、レティシア達の発言はユーリス達を貶めるものでもあったと気が付いた。

 俺は場を収めてくれたジリアンに心の中で両手を合わせて感謝し、だが顔にはホストとしての笑顔を貼りつけさせながら俺は給仕に早くスープを持ってこいの目線を送った。


 全く、リディアは何をしているんだ。

 君は俺を攻略しなきゃならないんだろ?


「いらっしゃい、ジリアン。可愛い君が隣に座ってくれるなら、俺は時々我儘に振舞おうかな。」


「まあ!ユーリス様ったら。あの、どうして今までレイと面識のない振りをなさっていたの?」


「ジリアン、呼び捨てで良いよ。こんな阿呆は。私をレイの姉か妹と思い込んでいただけらしいよ。それで私を口説きに来て本人だって気付いたんだ。馬鹿だよね。」


「おい、ユーリス!」


 ユーリスは俺からそっぽを向いた。

 お前が一番の脊髄反射野郎じゃ無いのか?


「伯爵様、アレイラ・ギャスケル様ってどんな方ですの?私は今からとても緊張してしまって。」


 この場を取り繕うようにレティシアは俺に尋ねていてくれたが、その会話は俺とリディアがする予定だったと皮肉に思いながら、俺は大好きな祖母について軽く語った。


「厳しい鬼婆に見えるが、根がとっても優しい人だよ。」


 親族で唯一、俺とシーナの結婚を認めてくれた人だ。


「アレイラは良い女だよ。俺を愛人にどうだって口説いたが、若造過ぎて嫌だってね。五年経った今回はどうかねえ。」


「君は五年前にも何をしてくれてんだよ。」


「アレイラと世間話だよ。二十年早くあんたに会いたかったぐらいはさ、いい女に会ったら言うものだろ?」


 ユーリスは俺に左目を軽く瞑って見せた。

 その笑顔にレティシアがひゅっと息を飲んだのは、彼女が恋するハワードを思い出してしまったからであろうか。

 女性に好意を抱かれない、それこそシーナが亡くなってから自分に望んでいた事じゃないか。

 煩い再婚話から逃げたかったのでは無いのか?


 俺は自分の右手を見下ろした。

 俺がこんな風に考えてしまうのは、俺がリディアの背中に触れた時、自分が寂しかったと思い知らされたからなのだな、と。

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