だって付添い人がいないし
社交界では社交シーズンの終わりがけには、首都に近めのカントリーハウスに招待し合ってのお泊り会をしたりする。
これは結婚適齢期の娘と息子を持っている家族特有の行事であり、自分の陣地にターゲットを引き入れて攻略しようという戦略そのものだ。
そしてそれが社交シーズン終わりまでには婚約を成立させようという殺気立ったものならば、必ず戦術指南役となる軍師を用意しているものなのである。
この場合が、良識のある付添い人だ。
彼女達は未婚の少女の身の安全に目を光らせるが、彼女達の庇護する少女達が最良の男性を捕まえる事が出来るようにと、罠の準備をして武器をも磨いている恐るべき存在なのだ。
と、私は親戚のおば様連中に聞かされてきた。
今回の旅路が伯爵にとってそのお泊り会と同じ意味を持っているのならば、対抗する男爵令嬢に必要なのは百戦錬磨の付添い人だろう。
「うーん。お金がなくとも付添い人は立てますわよね。いえ、付添い人が無い所で、何があっても責任を取らせるつもりでの旅行参加だったのかしら。」
そんな事を考えたのは、伯爵が腕にレティシアをぶら下げて食堂のテーブルに誘導している姿を見下ろしたからであろう。
頬を赤く染めたレティシアは伯爵のエスコートが嬉しそうにも見え、確かに私でさえ心がときめいた気にさせた伯爵なのだから心変わりもありなのかと皮肉に考えてしまった。
「お一人ですか?」
私は後ろからの声に振り向くと、ハワードが私に腕を差し出していた。
「あなた様には身の程知らずかもしれませんが、エスコートさせて頂ける栄誉をいただけますか?」
「もちろんよ。ハワード。昼間は息子のお相手をして下さりましてありがとうございます。」
私はハワードの腕に手をかけた。
髪をオールバックにして晩餐用に黒のスーツに着替えて身を整えているハワードは、ただでさえ整っているヴァレリー家の中では一番の外見であるからか、かなり貴公子然としている。
私が今身に着けているのは、取りあえず一人で着れる晩餐用の白いドレスだが、シンプル過ぎてダニエルに寝間着か修道女ですかと揶揄われた事を思い出せば、めかし込んだハワードと釣り合いがとれず申し訳ない気がした。
私達は一緒に階段をおり、食堂へ続く廊下に辿り着いた。
伯爵とレティシアの姿は既に食堂に入っていて見えなくなっていたが、伯爵の低くて滑らかな笑い声や鈴を転がすようなレティシアの笑い声は、私達には微かに聞こえた。
ハワードの口元がきゅっと硬くなったのはそのせいだろう。
こういう時はどうすればハワードをもっと苛立たせられるのかしら?
ハワードの嫉妬心を煽れば、彼がレティシアを奪い返したいと行動に移すかもしれないわよね。
「伯爵の腕にいらしたレティシア様、それはもうお美しかったわ。頬を桜色に染められて。あの薄紅色のドレスがとっても映えていらしたわね。」
「そうでしたか。彼女が幸せそうなのが一番です。」
あ、しまった。
私失敗!
「き、きっと服のせいね。レティシア様は自分でお洋服を仕立てる事も出来るそうですもの。きっとドレスの見立てがお上手なんでしょうね!服の良し悪しが分からない私には羨ましい限りですわ。」
「そうですか?俺は着飾らないあなたが美しいと思います。」
いえいえいえいえ。
あなた、それはあなたの想い人に言うべき台詞でしょう。
「え、ええと、ありがとうございます。ダニエルはあなたを見習うべきですね。彼はわたくしのドレスを修道女なんて言いましたのよ。」
「ですからお子様な彼はシュウと一緒にお夕飯です。」
「まあ。シュウもダニエルもいないの?では私もシュウの所に戻ります。」
「いえ、食事は子供と大人を分けるものでは?」
「まあそうですわね。ですが私もまだデビューしていない子供ですし、シュウが寂しがったら可哀想ですもの。」
ハワードは口元に手を当ててしばし考え込んだ後、それもありだな、と呟いた。
あり?何がですの?
彼は首元のネクタイをシュルっと外し、右手で自分の髪の毛を掻き崩した。
それから彼は私に笑顔を向けた。
ダニエルみたいな悪戯っ子の笑顔だ。
「では一緒に子供部屋を襲撃しましょう。俺こそ堅苦しい晩餐は大嫌いなんですよ。なにしろ、単なる庶民の下郎ですからね。」
私は「しまったー!」と心の中で声をあげながら、シュウの元へとハワードに連れて行かれるしかなかった。




