薔薇姫は棘のついた蔦で引っ掻き回す
「ミラ。君は何を知っているんだい?」
俺は少々子供を叱る大人の声を出したのだが、ミラは何てことないように鼻をツンと上げて見せた。
学園でリディアと対等にやり合える少女であるミラだ。
リディアと同じで俺はミラには石ころ程度の存在なのだろう。
黒髪の巻き毛に濃い緑色の瞳の彼女は、黙っていれば人形のように美しく、だからこそ誰にでも自分を失わずにいられるのかもしれない。
「ミラ、話す気が無いなら部屋に戻った方が良いよ。ここは壁が無くとも暗がりで男ばっかりだ。」
「まあ、おほほ。伯爵様は心配性で怒りんぼね。私がリディア様の秘密を掴んだのではなく、貴族名鑑を読めば誰だって知っている事をリディア様からお聞きしたってだけですわ。ふふ、我が家もスペシャルリマインダーです、と。」
嫌な予感に俺の背中はぞわっと悪寒を走らせたが、平然とした顔を見せつけながらながら腕を組み、ミラにその先を言ってもらうべく左ひじに添えた右手の指先をほんの少しだけ動かした。
彼女は俺の指先の動きを見るや、餌をもらって満足した猫みたいに笑った。
「ギャスケル家の特記が、伯爵の直系の子供、というものであるのと違い、リディア様のカーネリアン伯爵家の特記は、伯爵の第一子であれば、だそうですわ。私の子供は誰にも奪わせないとおっしゃっていました。」
「え。」
ミラはとことこと俺の前にまで来ると、俺の隣のダニエルの腕にいるシュウの頭をさらっと撫でた。
「坊や、あなたは安泰よ。あなたがいらっしゃるお陰で、リディア様は子供を産まない人生を選べるのですもの。」
ミラはそこで再びクスクス笑いをすると、ごめんあそばせ、と言って俺達の前から悠々と去っていった。
「ダニエル?機密情報を今すぐに吐け。あれはなかなかの玉だぞ。脊髄反射だけのリディアと賢いがリディアしか見えていないジリアンじゃ太刀打ちできないに決まっている。」
俺は的確なユーリスの言葉に頷くしかなく、ダニエルからシュウを受け取りながら、ダニエルが嫌いな目線で彼を見つめた。
ユーリスがよくやる、片眉だけをあげて見つめるって顔だ。
シーナが人差し指を立てた時に俺が何でも彼女に告白したい気持ちになったのと同じように、ユーリスにその顔をされると叱られる子供の気分にダニエルはなるのだと思う。
「ああ、俺が喋った事はあの二人には絶対に内緒だよ?」
「大丈夫。俺は内緒話が出来る程にあの二人には仲良くしてもらっていない。」
「アレンは!あのさ、男爵令嬢はヘイリーが好きじゃない?だけどヘイリーが、幸せになるならアレンと結婚しろって言っているらしい。で、ミラは、姉が伯爵と結婚するのが無理だとヘイリーが悟るように、リディアに伯爵を誘惑してくれって頼んだ。お終い。」
「そうか。」
俺はシュウを抱き締め直した。
あのリディアの言葉も表情も全部嘘だと思ったら、俺は急に息子の温もりが欲しくなったのだ。
「すごい。十七歳の女の子に完敗している。お前はもしかして女はシーナしか知らなかった奴か?」
俺はデリカシーのないユーリスを睨みつけたが、彼は吹き出しながら俺の背中を叩いた。
「当たりか。どうりでシーナと駆け落ちまでしてくれると思ったよ。」
「それはシーナへの侮辱か?俺はシーナじゃ無かったら駆け落ちなんか考えなかった。あそこまで愛したのはシーナだからだ。」
そこでユーリスは再びぶっと吹き出した。
そして今度は俺の肩を軽くポンポンと叩いた。
「お前とリディアは似ているし、相手の気持ちに好意が無くても相手に好意的に話しかけられていれば、いつの間にか相手を好きになったりもする奴らだ。ブレーキさえなければね。」
俺はユーリスが何を言いたいのかと見つめていると、彼は笑いながら最高の策士だとお道化て見せた。
「ユーリス?」
「ははっは。ミラが作り出した状況によって、お前はリディアから好意的な言葉を受けるごとに、これは演技だ、と自分を戒めるんだろうな。お前と同じで脊髄反射な行動しかとれない女の子なのにね。」
「ああ、そういう事か!だがミラの目的が尚更に解らないな!」
「ああ、そういう事か!ああ、リディに伝えなきゃだけど、内緒どころか立ち聞きした話をばらしたって告白もしなきゃだし、出来ないじゃない!」
俺とダニエルは同時に声をあげていたが、ユーリスは俺を指さしてダニエル以下だと大笑いしてくれた。
ダニエルだって今にも吹き出しそうな目で俺を見つめている。
俺は絶対に裏切らない息子を抱き締めると、息子が風邪をひかないうちに風呂に入れてやろうと部屋に向かって歩き出した。




