機密情報ですので
この旅で俺がダニエルを羨ましいと思っても、俺が彼を哀れだと思う事になるとは思ってもいなかった。
だが今のダニエルは落ち込んでいるどころでは無く、初めて見たといっていいほどに悲壮感に溢れた姿で一人でぽつんと柱の陰に立っているのだ。
一体どうした?
先程リディアの様子を見に行ったが、彼女は見舞いの俺にこの上ない笑顔を見せてくれた上に、一緒にお食事ができるならば頑張って回復しますわ、なんて可愛らしい事も言って見せたのだ。
いや、社交辞令だろうが、俺は少し嬉しくなっている。
そんな言葉を言い慣れていないあのリディアだよ。
彼女が赤くなりながらあんな言葉を口にするなんてと、俺は彼女のその可愛らしさに胸がきゅっとなったのである。
もしかして幸先は良いのかもなと、俺の足が軽くなっている矢先に、いつも明るいダニエルがどよーんと暗くなっているのである。
俺は可哀想な弟に一歩近づこうとして、実の弟を知りすぎている兄に肩を掴まれて引き戻された。
「学習しろ。あんなあからさまな罠にかかってどうするんだ?」
「あからさまな罠って、君もかかった事があるんだな。」
ユーリスは鼻をふんと膨らませた。
彼の腕にはシュウがおり、俺が手を伸ばすとシュウは俺に腕を差し出して、なんと腕の中に戻ってくれた。
何日ぶりかと息子を抱き締め、幼児独特のミルクの臭いではなくアンモニア臭しかしないことで瞼をぎゅっと閉じた。
「漏らしたのか。お風呂に入れてやるのも久しぶりだな。」
「俺は幼児体操は出来ても子供の風呂はしたくないからな。任せた。」
「散々に入れて来ただろ?」
「散々に弟達の風呂を手伝って来たからさ、もういいかなって。」
「そうだな。俺はまだ散々にしていないからな。ああ、シュウを抱っこするのも久しぶりだ。やっとお父さんの所に戻って来てくれたね。」
「ぱぱ?」
「そうパパ!」
「ぱぱはおひげない!」
俺は急いでつけ髭を取った。
「ほら、パパだ!」
どうした事か。
シュウの顔がみるみる歪み、大泣きを始める数秒前の以前と変わらない状態となってしまったのである。
「どうして!シュウ!」
「兄さんがリディアを取るって思っているからじゃない?二人が仲良くなったら捨てられるとか何とか、たぶん。エヴァレットがそんな事を言い聞かせちゃったんじゃないの?あいつは階級主義がどうたらで拗らせちゃっているしさ。」
俺達の方にダニエルが来ていて、彼は俺から泣きかけたシュウを奪った。
シュウは当たり前のようにダニエルの腕の中に入り、俺から顔を逸らした。
「シュウ、パパはお前を絶対に捨てないよ。パパはお前を愛しているんだ。」
俺の言葉はシュウには何の意味も為さないのか、シュウはダニエルのシャツに頭を擦りつけて丸まっただけだった。
「ほら、シュウ。聞いた通りだって。リディはシュウを絶対に手放さないって言ってたぞ。パパと仲良くしても大丈夫だよ。」
俺はダニエルの言葉を聞きながら、リディアの愛情の深さに胸が締め付けられたが、その代わりとしてここまでシュウとリディアの絆が深くなっていた事に不安も感じていた。
彼女とシュウを引き離す結果となったらどうなってしまうのだろうか、と。
そんな俺を見計らったようにして、ダニエルはシュウに聞き捨てならない台詞を囁いた。
「お前は立派なカーネリアン伯爵になるんだろ?」
「ちょっと、ダニエル。シュウはギャスケル伯爵になるんだよ?どういう意味?」
ダニエルは大きく溜息をついた。
そして、不穏な事を呟いた。
「ここから先は機密情報で言えません。」
「おい。」
「あら、それは機密情報では無くてよ。リディア様が常に公言されている事ではありませんか。」
俺達はゆっくりと発言者へと振り向くと、ピンクのバラの様な少女が口元に手を当ててくすくすと笑っていた。




