寮でこんにちは
「僕のベッドもある。」
シュウは案内された部屋に入ると直ぐに、狭い部屋に無理矢理に入れられたらしき二台のベッドの一つによじ登った。
「もちろんよ。二人部屋だもの。あなたが大きくなったらちゃんと一人部屋にしてあげるから、心配しないで。」
私は部屋を見回して、シュウが早く大きくなるといいなと、心の中で思った。
この部屋は狭すぎだ。
こんなに狭い部屋は我が家には無いという有様だ。
そして、私は失敗したようだ。
商人の子弟も通うという学園ならば、寮には召使いの類を連れてくるものはいない、つまり、私はシュウの世話どころか、自分の世話も自分でしなければいけないという状態となったのだ。
いや、これこそ父がした最後のあがきだろう。
私の意思が固いと知るや、私が候補に挙げた学園の一つを彼が決め、そこへの編入の手続きを彼が全部してくれたのだ。
「いつでも何かあったらパパに連絡するんだよ?」
最高の笑顔付で!
「ふふ、ははは。甘いぞ、カーネリアン伯爵。これこそ望んでいた暮らしと私は思い、この寮生活を謳歌して見せましょうとも!」
右手に拳を握った私が声を上げたせいで、ベッドで飛び跳ねかけていたシュウはベッドの上でバランスを崩し、うわ、落ちかけた。
私は慌てて小さな体を抱き締めた。
「しゅごいです。リディは王子様みたいです。」
「ハハハハ。騎士と言って欲しいわね。」
「はい。騎士様みたいです。悪い人にも、えいやって格好良かった。」
「ハハハ。武道を嗜んでおいて良かったわ。ああ、そうだ、ここならば、私がスカートを履く必要もないかしら。」
「髪は切っては駄目です。」
私は三歳児の頭を撫でた。
柔らかい髪の毛はほわほわで、こんな可愛い生き物を痛めつけられる人がいる事に今さらに驚き、そして、守ってあげようと意識を強くした。
お父さんがいらないから僕を捨てた、とシュウは言うのである。
僕がいるとお父さんは結婚できないから、と。
そんな男、見つけたら私の剣の餌食にしてやろう。
「リディ、すこし苦しい。」
「あら、ごめんなさい。そうだ。ここを探検しない?急いで荷物を片しますからね、そうしたらすぐに探検にでかけましょうか。」
シュウは私の腕の中で、可愛らしくわーいと声を上げた。
私は持ってきたビスケットをシュウに手渡し、そこで急いでクローゼットに服を入れ始め、日常着を剣の訓練用のものだけにしようと決めた。
ドレスは鞄から出すこともせず、鞄ごとクローゼットの奥に仕舞った。
ここに来るまでにシュウの衣服も揃える必要があったおかげで、私は本当に欲しい服を買い足せもしたのだ、と、口元が勝手ににんまりと笑顔になった。
「うーん。シュウと出会えて良かった。毎日が楽しいわ。」
バタン。
ドアが開く音?
私は振り向いたが、戸口には見知らぬ大男が出現していた。
焦げ茶色の髪をぼさぼさにして、黒ぶちのメガネをかけた大柄の男。
ぐふ。
うわ!シュウがクッキーに咽てしまった!
私は水差しの水を慌ててコップに注いだが、それを手渡す事が出来なかった。
シュウが咽たのは、部屋のドアを勝手に開けた見知らぬ大男に驚いたからであるが、その男が私の手からコップを奪い取り、一直線にシュウの元へと行ってしまったからだ。
そんな男に無理矢理に水を飲まされたシュウは、ごくんと水を飲み込むや大男の手を大きく払って大きく悲鳴を上げた。
「いやあだあ!」
そうだ!
この子は悪い大人の男に追いかけられた怖い記憶があるのだ。
私はシュウを両腕で掴んで持ち上げると、闖入者を足で蹴った。
私に蹴られた男は抵抗するどころか、簡単に床にコロンと転がった。
四肢を折り曲げて仰向けに転がった姿は虫の死骸のようでもあったが、驚きに固まった顔は私を驚かせた。
真っ直ぐな鼻梁に意志の強そうな眉毛、そして彫りの深い形の良い目元に輝くのは、宝石よりも透明で煌いている緑色の瞳なのだ。
「リディ、リディ、僕はどこにも行きたくない。」
私の肩に顔を埋めて泣く子供の呟きで、私はようやくはっとした。
なんたること!
闖入者に見惚れて次の動きが出来ないなど、これで人を守れると思っているのかと、わが身の情けなさを呪った。
「出てお行きなさい!」
「いや、あの。」
男の股の下に足を思いっきり踏み降ろした。
男は悲鳴を上げなかったが、さらに体を強張らせた。
「次は、空ではなく、肉そのものを踏みつけます。よろしくて。」
私は右足を大げさにあげた。