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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第三章 無駄に大きな馬車に乗って
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出立は騒々しく

 ハーゲン地方のまだ安全地帯ともいえるベラン村に、ギャスケル伯爵家はカントリーハウスを所有していた。

 また、その館には伯爵の父方の祖母が住んでいる。

 彼女は、伯爵の父を生むまでは女伯爵だった方であり、息子が成人して伯爵位を譲ったあとはその村で余生を過ごしているそうなのだ。


「ずっと?」


「ああ、ずっとだ。彼女は田舎暮らしが好きだと言っていた。だが、妻との駆け落ちの際には手助けしてくれたし、妻を気に入ってもくれた。歳が歳だけに息子の誕生などに彼女を首都に呼べなかったからね、これを機会に祖母に会いに行こうと思っている。ひ孫に会えると聞けば、それはもう大喜びだろう。」


「まあ、あなたがわたくしに頼みたい事ってそのことでしたのね。ええ、喜んでシュウを連れていきますわ。」


「私も、あなたの旅の安全のために心を尽くさせて頂きます。」


 小汚い裏通りの酒場前だったが、伯爵は私の左手を取って持ち上げ、その手の甲に軽く口づけをしようと彼は軽く屈んだ。

 口づけなどそんな気安い行為を初対面の男がしようとしてることに私は怒るべきだろうが、私は伯爵の真っ直ぐな鼻筋や、彼が屈んだ時に見せつけられた額の形の美しさに見惚れてもいた。


 いえ、認めるのも悔しいが、伯爵の瞳はあの講師と同じぐらいに美しい。


 だから私は、人目をはばからずに伯爵の素晴らしい緑の瞳を見つめる事が出来る機会を選んだのだ。

 シュウと同じ透明な宝石のような瞳だが、人生の深みを現わすように、引き込まれるような色合いだ。

 あの憎たらしい講師をどうしても思い出してしまうのは、あの講師の瞳があの男には勿体無いぐらいに美しいからだわ、きっと。


「いた。」


 彼は慌てて私の手の甲から顔をあげた。


「ああ、指先にケガをしていたのか!気が付かなかった。あいつが君に!」


「いいえケガではなくて、お髭がちくっとして。」


 彼は私からひゅっと顔を離し、自分の髭のある鼻の下を右手で隠した。


「す、すまない。ああ、私には髭があったね。」


「ええ、お気になさらず。それに、指の怪我はあの男ではございません。わたくしが噛み切りましたのよ。ほら、血を目の中に受けると目が開かなくなるでしょう?ああいう場合は卑怯なんて言ってられませんものね。」


 彼は私の両肩を自分の大きな両手でがしっと掴んだ。


「伯爵様?」


 彼の美しい緑の瞳は私をしっかりと見据えた。


「今後、ああいう場合、が、絶対にぜったい、君に起こらせないと誓おう。」



 伯爵は本当に責任感が強くて真面目な人なのだ。

 そう考えよう。


「許してくれ。義理兄にいさんは少しずれているんだ。本当に何を考えているんだろうね。」


 ジリアンの隣でダニエルが頭を抱えている。

 確かに、伯爵は安全のために心を尽くしてくれたが、そこまでしてくれない方が良かったというのが私の素直な感想だ。

 あの酒場の日から二日後の今日、出立の約束の日でもあるが、その朝一番に六頭引きの十人乗りの馬車を伯爵は学園前に引いて来たのである。


 それは紋章のある貴族の華美な馬車どころか、戦争に行くような装甲のある弾丸みたいな黒い馬車だった。


 乗り込む時には、今日が学園が休みの日で良かったと思ったぐらいだ。

 何事かと寮から出て来た生徒達の注目は浴びたが、馬車に乗り込む私達に向けられた視線は羨望など無く哀れみばかりだったのである。

 馬車の窓にも鉄の格子が嵌められている所から、私達が刑務所に送られる囚人みたいだと思われてしまったのかもしれない。

 伯爵には悪いが、乗り込む私こそ囚人になったような気持ちだった。


 そして乗り込んでさらにがっかりしてしまった事が、当たり前であるが、馬車の中は外からはわからない程に内装が豪勢であったことだ。

 どこぞの小サロンにあるような壁紙も張られていて、五人が座っても余裕な長さの大きな座り心地の良いソファが左右の壁に向い合せに据え付けられ、床には毛足の長い真っ赤な絨毯だって敷かれていた。

 馬車に酔いやすい私には、簡素で風通しの良い馬車の方が良いというのに。


 さて、がっかりしようが座らねば馬車は発進できない。

 私は御者席から見て右側の席に腰を下ろしたが、その私の右隣りにジリアンその隣にダニエルが次々に座った。

 私のシュウはどこに行ったのか、というと、私の左隣に座ったレイの腕の中で寝たりなかった睡眠の続きを貪っている。

 私達が酒場に行っている間にシュウはレイに完全に懐き、レイも完全にシュウ無しの生活が考えられないぐらいにシュウから離れがたくなり、なんということ、今回の旅を聞くや自分が私達女の子の付き添いになると無理矢理に参加して来たのである。


 女装までして。


 私は出会った頃の師匠が死んでしまったのだと認め、決闘でディークに止めが必要な時は喜んで奴の心臓にナイフを入れてやろうと誓った。

 いえ、レイがこんなことをしてるのは伯爵のせいね。

 私の向かいの長椅子に座った伯爵の隣には、危険地帯に向かうには目立ちすぎるであろう目にも鮮やかなピンク色のドレスを纏ったミラが座っているのだ。

 そして、その隣にはハワードが恋したというレティシア。


 女性が独身男性と行動するには、良識のある年配の付き添い女性が必要だ。

 だからって、レイが付添い女性になる必要は無いと思うが、ハーゲン地方は一人でも剣を持てる人が必要なぐらいに危険地帯って聞くものね。

 そう、そういう事だから、私が胸をムカつかせることこそ間違っているのよ?

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