伯爵様の采配?
決闘の間に立っては見たが、ここで時間稼ぎをしてもハワードの意志は強く、また、ディークは自分の為に実家の商売が滞っている事も知っているからして、ハワードからの決闘を受けて死んでしまう覚悟だって出来ている。
彼らは剣を握る手を緩めず、互いに一定の距離を保ったまま、静かに互いを見つめ合って威圧し合っているのだ。
彼らが動かないのは、彼らの間に私とダニエルが背中合わせで立っていて、彼らが動いたら彼らの邪魔をするのが一目瞭然だからだ。
それなのに彼らときたら、戦意を鎮めるどころか燃え立たせる一方だ。
全く、男ときたら!
自分の面子ばかりで周りの事を考えていないのかしら。
「頼むよ、リディ。兄達を止める魔法の言葉。」
「私にあるわけ無いじゃない。とにかく、あ、そうか。」
私はジリアンが道場前でディークに叫んでいた事を思い出した。
私はジリアンの言葉を繰り返そうとしたが、表に駆け出して来たジリアンが私が思い出した台詞をそのまま自分で繰り返す方が早かった。
「ハーゲン地方に買い付けに行って!決闘はその後にして!」
私もジリアンの言葉に乗って叫んだ。
「そうよ!買い付け!ディークはハーゲン地方に行かなきゃいけないじゃないの!ハワード、まずは彼に家業の手助けをさせてあげて!」
「死なないで兄さん!ぐらい言ってやれよ、お前ら!」
ダニエルは大声をあげて私達こそ叱って来たが、すぐに私にボソッと囁いた。
「で、なんでジリアンはハーゲンにそんなに拘るんだ?」
「学園の女の子の間で人気のお洋服になったからよ。」
私がジリアンにハーゲン地方の衣装をあげた事で、学園の何人かがその服を欲しがりどこで手に入れたのかと私に尋ねて来た。
私はジリアンの家の為になればいいと思いながら、この服はアンダーソン商会から手に入れたと答えた。
アンダーソン商会は新顧客獲得のためにハーゲン地方に社員を向かわせる事になったと、ジリアンが嬉しそうに語って来たのはほんの三日前だ。
「そっか、あそこは危険地域だもんな。普通の雇われ人じゃ買い付けどころじゃないか。誰も行きたがらないのは想像がつくな。」
「そうね。もともとディークが師匠の道場の扉を叩いたのは、どんなところへも買い付けに行きたいという商人魂に裏付けられた冒険心からだもの。」
「なんだそれ。」
けれども、ハワードには通じたようだ。
「よかろう。残した家業の後始末の時間ぐらいは認めてやろう。」
私はホッとしたが、目の前のディークはハワードの言葉にむっとした感情をみせたどころか、自分の横に立った妹を不貞腐れたような顔で眇め見た。
ダニエルは私の耳にさらにこそっと囁いた。
「君達のせいでディークは進退窮まったよ。」
「あら、どうして?」
「大事な兄を殺さないで!ってジリアンが泣けば、ハワードがそれを理由に剣を収められた。なのに君達のせいで、ディークは買い付けに行かなきゃいけなくなった上に、首都に帰って来たら決闘もしなきゃいけなくなった。」
「でも剣を収めてもこの時だけでしょう。」
「いやまあ、そうだけどさ。」
「いいのよ。ディークをハーゲン地方に旅立たせてしまった方が良いの。で、ディークがいない間に、オズワルド男爵令嬢とハワードを結婚させてしまえば良いじゃない。」
「いや、お前は聞いてた?惚れた相手と身分違いで結婚できないから、こじらせたうちの馬鹿兄が決闘言い出してんじゃないの。」
そこで、私達の頭上に大柄な男達が次々と舞い降りて来た。
体重のある人達だからか、彼らが地面に着くたびに地面が揺れた気がした。
ずしん、ずしん、と。
ダニエルは伯爵達の出現に喜びの声をあげるかと思ったが、舌打ちをした。
「俺もあとで飛び降りる。」
「そっちなの!」
まあ、二階から飛び降りるのは実はとっても気分が良かった。
飛び降りて来たユーリスの機嫌の良さそうな顔や、伯爵までもにこやかになっている様子を見るに、彼らもきっとそんな気持ちよさを感じたのだろう。
「あの二人が来たからもう大丈夫。あなたも飛んでいらっしゃいな。」
「お前は本気で酷い女だな。」
ダニエルが私と決闘しそうな目で睨んだその時、伯爵がよく通る声で朗らかに事態の収拾?あるいは混乱を招く様な事を言い放った。
「みんなでハーゲン地方に行くのはどうだろうか!」
みんな?
みんなって誰と誰?




