血気盛んなお姫様
俺は、君達は仲が悪いだろう、と、少々頭が悪い言い方で彼女に聞き返してしまっていた。
出会えば縄張り争いをする猫のように威嚇し合い、社交の場の貴婦人の暗部を見せられたと俺が嘆きたくなるほどの嫌味の応酬をしていたあなた方が、誤解も無い間柄だと?
「ええ、仲は悪いですわね。ですが家名のあるもの同士。休戦しようとしております。それなのにあの講師が私達にちょっかいを出してきますの。ミラが横にいる時に限ってわたくしに話しかけて来ますのよ。恋の駆け引きと思われているのかもしれませんが、わたくし達には迷惑なだけの話です。」
俺の後ろでユーリスは呼吸困難になっているようだ。
俺だって自分が情けなくって墓穴に入ってしまいたいよ。
「ああ、それは残念な人だね。だけど、もしかしたら、君の思い込みで悪く取っている所もあるのではないだろうか、な?」
「ぶっ。」
ユーリスはとうとう声を出して吹き出した。
俺だって笑い飛ばしてしまいたいよ。
ああ、俺はリディアと分かり合える日は来るのであろうか。
いや、リディアからシュウを抱かせてもらえる日が来るのであろうか。
いや、講師としての俺をここまで毛嫌いしているのならば、「講師の俺と伯爵の俺は違う人物」でリディアには押し通すのはどうだろうか。
よし、これでいこう。
それで、徐々に息子と触れ合い脅えを息子から払拭し、息子の障壁となっているリディアと息子を守る同士となるにはどうするべきか。
ああちくしょう。
リディアの評判を落とさずに十代の未婚女性と成人男性の俺が親交を深める場を作るには、そう、結局婚約するしかないのではないか?
「――事情はよくわかりました。では、息子の為に、あなたにお願いをしてもよろしいでしょうか。」
「まあ、何でしょう?」
「私と、こん――」
「リディア!兄様とハワード様を止めて!」
部屋の戸口に駆け込んで来た少女によって俺達の、いや、俺の時間は止まった。
戸口のジリアンは俺が講師だと一目で(当たり前だが)わかってくれた人だが、今ここで俺が講師でもあるとリディアに伝えられるのは具合が悪い。
しかし、リディアは熟考よりも行動の人だった。
「止めてって、二人は今どこ?」
「表で剣を持って睨み合っている!」
「まあ!」
リディアはまるで少年兵のように俺の目の前で踵を返すと、部屋の戸口ではなく窓に向かい、なんと、椅子を持ち上げるやそれで窓を叩き壊したのだ。
窓枠は彼女が叩きつけた椅子と共に外側へと砕けて落ちていった。
「うわあ!何を!」
狼狽して叫んだ俺と違い、友人の行動に何も叫ばなかった少女は、友人の行動を見るや戸口から引き返して行った。
「最近の女の子はどうなっているんだ。」
そんな俺の目の前で、リディアは伯爵令嬢というよりも、俺のよく知っている女性みたいな行動をしたのだ。
シーナがやんちゃなダニエルを叱り飛ばした時のように、リディアは自分が穿った穴から半身を出し、大声を上げたのである。
「まだ待てって言っているでしょう!この馬鹿ども!」
「君こそ待ってよ!二人を止めている俺がもう少しで椅子に直撃されるとこだった!決闘前にみんなが大怪我だよ!」
「馬鹿な決闘で命を落とすよりも良いでしょう!ああ、もう!面倒だわ!」
「ちょっと!カーネリアン嬢!何を!」
俺はリディアが壊れた窓枠に完全に乗り上げたことで、次に彼女が何をしようとするのか気が付いた。
急いで彼女を止めるべく窓枠に走ったが、俺が伸ばした手は遅く、彼女はそこから外へとふわっと飛んで行ってしまった。
「うわあ!ここは二階だ!」
俺に恐慌をきたしたリディアは、何事もなく地上にふわっと舞い降りていた。
不思議な衣装の裾を鳥の羽のように跳ねあがらせたところは、キラキラ光る金色の髪も相まって天使のようだった。
いや、剣を持って対峙している剣士の真ん中に、その諍いを止めるべく降臨したので天使そのものかもしれない。
「て、感動している場合じゃない!君の弟は何をし始めているの!」
「それを知るために俺達も今すぐ行こうか。」
「君は飛び降りたいだけだろう?」
「なんだか悔しくてね。お前は?怖いか?階段からどうぞ。」
「なんのこれしき。」




