ユーリスにとっての宿題
「なあ、俺は見たくも無いものを見つけてしまったんだが、見なかった事にした方が良いのだろうか?」
急に馬の足を止めた親友に俺は振り向いた。
ユーリスは俺など見てはおらず、ドラローシュ通りで通行人を罠にかけようと口を開いている路地の一つを睨んでいた。
「何を見つけた?」
「脱走兵その一。俺は軍部から足を洗ったがね、老衰で死ぬ一秒前にだって見つけたら撃ち殺したい奴を見つけてしまったのさ。」
「――わかった。行こう。見つけたんなら正義を教えてやらなきゃ、だろ?」
「だが、リディアとシュウが。」
「君が調べた結果は、カシュレーンは元軍人の腕が立つ奴で、その男と同居している弟子一号も腕の立つ奴なんだろう?シュウ達にはダニエルもいる。少しくらい俺達が寄り道したって大丈夫だと思うよ。」
ユーリスはちぃっと舌打ちをした。
これは怒りでも何でも無く、ダニエルが使えると知っている悔しさだろう。
ユーリスは俺にダニエルを甘やかすなと怒るが、彼こそダニエルに危険な事は何一つさせたくないと思っている過保護な部分があるのである。
さて、俺達はその脱走兵を追いかけたのだが、神は勤勉者にはそれなりの褒美を与える心づもりらしく、脱走兵が落ち合った男達は俺達が追っている強盗団の残りであった。
サメを彷彿とさせる大き過ぎる肉体の男など忘れるはずもなく、また、その男の隣に立つ小悪党そのものの顔付をした髭だらけの小汚い男に頬には、未だに癒えてはいない刀傷がついていた。
「酒場前にいる奴のあの最近できた様な頬傷は、俺がつけてやった奴だと思う。」
「ああ、お前が逃がしちまった奴か。考えればそうか。脱走兵や元軍人で作り上げた強盗団ならば、あの糞野郎だってメンバーになっていておかしくないか。」
「そいつは何をしたんだ?」
「ある日脱走兵が出た。よくあることだが隊は一丸となって消えた兵士を捜索するもんだ。で、捜索の最中にあの糞が隊から消えた。俺達が探していた哀れな青年はさ、左手の指が全部切り落とされた状態でそいつのベッドの下で冷たくなっていたよ。生前の彼は結婚したばかりで金の指輪を薬指に嵌めていた。その指輪を奪うために死体から指を落としたんだろう。」
「で、あの赤毛がそいつってことか。」
サメ男も頬傷男もどこから見ても人が警戒する悪党風情の顔立ちだが、その男達と顔を寄せて話し合っている赤毛だけは毛色が違っていた。
髪の色は目立つのに、目鼻立ちはどこにでもいる男のもので、知り合った後にすれ違っても気付かないぐらいに普通なのである。
「特徴があんまりない奴だな。」
「だから人を信頼させといて酷い事が出来るんだろ。で、あんなに髪を赤くしていれば、髪ばっかりに目がいくしな。元は単なる焦げ茶色だよ。」
「凄いな君は。あんな個性がない顔をよく覚えている。」
「個性が無さすぎて気が付いたのさ。服も地味にしている癖に、妙に毛だけは赤くしている奴がいるなってね。」
「怖い男。」
赤毛が右手を挙げると、路地からも五人の男が出てきた。
すると、赤毛は酒場の前にいた男達と路地から出て来た五人も引き連れて酒場の中へと入っていったのである。
「ふうん。あいつがボスか。」
ユーリスも酒場へと一歩踏み出したが、俺は彼の腕を押さえた。
「ああ、俺とお前で八人は重いか?お前が。」
「バカ。君はあいつを覚えていた。あいつは君を覚えているのかな?君を一目見て脱兎のごとく逃げ出しました、じゃ意味無いでしょう。」
「ああそうか。確かに。俺は良い男すぎて目立つな。」
「ははは、金の豹さんだしな。」
俺達はつけ髭ぐらいはつけるかと踵を返した。




