酒場の二階
私は震えるジリアンと腕を絡ませ合いながら、小汚い酒屋の二階への階段を上がっていた。
どうしてこんなことをしているのか。
理由はこうだ。
ジリアン達を囲んだあの六人を尋問してみれば、彼らは淡い金髪のジリアンを同じような金髪の私、リディア・カーネリアンだと勘違いして誘拐するつもりだったのである。
私がシュウを保護した事は敵が知っており、敵の頭は誘拐した私を暴行することで言いなりにできると考えたのだろう。
浅い男だ。
そこで私はその頭のアジトに向かっているのだ。
ドラローシュ通りの路地でひっそりと営業している酒屋は、二階を木賃宿として開放してあり、ドラローシュに潜む悪党達はこんな宿屋の一室で悪巧みを企んでいるという事だ。
「全く。ユーリス兄さん達を呼び寄せてからでも遅くなかったでしょうに。」
「しっ、ダニエル。あなたのお兄さんがディークに決闘を申し込んだりしなければ、こんな風に急ぐ必要も無かったわ。まあ、私の誘拐が失敗すれば敵がまた逃げる可能性の方が高いから、師匠こそこの突撃に賛同したんでしょうけど。」
「いや。あの師匠さんはディークとヘイリーの決闘を止められるなら、何にでも賛同したと思うよ。」
私は違いないとダニエルに賛同した。
ダニエルの兄、彼は自分をハワードだと名乗っていたが、彼は格好良かった。
恋愛小説のヒーローのようにしてレティシアに跪いて、なんと彼女のドレスの裾に口づけるなんてことをした。
その行為に頬を赤らめたレティシア。
そして、ハワードは自分をかなりの感情を持って見下ろすレティシアに対し、聞いている周囲の身の毛がよだつ恐ろしい口上を述べたのである。
「あなたをお慕いしています。ですが俺は金もない軍人風情。あなたに捧げられるものは、俺の真心以外では、あなたを貶めた男の首だけです。」
そこでハワードは立ち上がり、ディークに真剣勝負を申し出たのだ。
ディークはレイに覚悟を決めた微笑みを向け、それからハワードに向き直り、彼の決闘を受けると言った。
私とダニエルが慌てたなんてものじゃない。
「ま、ままままちましょう。わたくしはリディア・カーネリアン。ハワード、あなたの兄が守ろうとしている、あなたの甥であるシュウの保護者でもあるの。まずはシュウの敵を打ち滅ぼさねばなりません。それには、あなたとディーク、二人のお力が必要ですわ。お分かりになって?」
「そうそうそうそう。シュウの安全確保がまず先だよ!」
そして、今、だ。
ダニエルとハワード、そしてディークの三人にマントを被せて悪党一味の扮装をさせ、シュウの敵が潜んでいる宿屋の階段、いえ、もう上がり切ったから二階の廊下ね、そこを歩いているというわけだ。
いえ、やっぱり違う。
私の目の前には薄っぺらい木の扉があり、私はその前に立っていた。
ジリアンはひゅうっと息を吸い、ダニエルは当り前のようにしてドアを大きく叩いた。
「旦那、連れてきましたよ。別嬪二人。暴れるんで俺も中に入りますねえ。」
ガチャっとドアが開き、中から出てきたのはサメを想像させる大柄な男だった。
その男は私とジリアンを見下ろして舌なめずりをすると、私ではなくジリアンの腕をぎゅっと掴んだ。
「旦那がおしゃべりしたいのは伯爵令嬢の方だ。こっちの可愛いのは俺が慰めてやるよ。」
男はジリアンを自分の方へと引き、その代わりという風に私を部屋の方へと突き飛ばした。
私は床に転び、ドアは閉まった。
ジリアンにはダニエルとディークだけじゃなく、あの危険なヴァレリー三男がついている。
私は私の身の上を守り切ればいいのよ、と顔を上げた。
部屋には粗末なベッドが一台に、もう一台ベッドが置ける場所に丸い天板のテーブルが設置されていた。
テーブルの上には酒瓶とカード、それに、この宿屋には不釣り合いにも見える赤い宝石のついたネックレスが無造作に置かれている。
あれは盗品に違いないと思いながら、私はゆっくりと立ち上がった。
部屋の主は私に何も話しかけてこないが、私に何も命令もしていないのだから、私は出来る限り状況に対処できる体勢をとるべきなのだ。
「噂通り、しっかりした気性の持ち主ですね。」




