緊急時は体が動くもの
ダニエルは暴漢六人に囲まれていた。
危険があったらジリアンを連れて逃げると言っていたダニエルが逃げないのは、ダニエルが背に隠して守らねばならない人物が二人も増えているからだ。
一人は、黒髪に派手なドレスが特徴の薔薇姫ことミラ、そしてもう一人は、ミラと同じ黒髪の学園では見たことのない女性だった。
対して、戦えないか弱き女性三人を守るダニエルを囲む男達は、全員が全員、近隣では見たことの無い顔であるが、服装などから近隣の酒場で金さえ貰えれば荒事だって何でも引き受けるタイプに見えた。
「師匠!シュウをとにかくお願いします!」
どうしてそんな人たちが、なんて事情など関係なかった。
剣士見習の私ならば、多勢に無勢で女性を囲む男達などがいれば、それらは全員敵と見做して蹴散らす対象となるのである。
「レイ!僕も出るよ」
「もう!リディアもディークも危ない事しちゃだめだよ!」
レイがお母さんみたいになってしまったと一抹の無力感を感じたが、私の隣を走るディークから剣を差し出されて気持ちが引き締まった。
「お前達、わたくしの友人に無礼を働くのは許しませんよ!」
一番手前にいた男は私の一声に振り向き、なんと、私に対して自分の持っていた剣を振りかざして来た。
「きゃあ!リディア!」
ジリアンの悲鳴を聞きながら、男の剣を自分の剣で滑らして交わし、バランスを崩した男の鳩尾に右足を叩きこんだ。
「ぐふ。」
「リディア。君は剣の腕よりも足技の方ばかり鍛えているね。」
「お兄様!」
悔しい事にディークは既に二人も気絶させて地面に倒しており、けれど、そんな彼に向かってジリアンは子供のように駆け寄って抱きついた。
「ああ!会いたかった。お兄様!」
「す、すまなかった、ジリアン。」
「いいの!ああ、会いたかった。ハーゲンの服の買い付けが上手くいかないようなのでお兄様が必要だったのよ。お兄様、明日にはここを発って仕入れに行ってくれる?家業さえ何とかなればお父様もお兄様の恋人が誰でも文句が無いと思うの。ほら、私が婿を取って家業を継げばいいんだから。」
「じ、じりあん?」
「ちょっと!そんな寒々した兄妹再会だったら後でやって!」
ダニエルが慌てた声を出すのも無理ないだろう。
私達が参戦したせいで彼に威嚇していただけの暴漢が彼にも襲い掛かっていて、彼はミラともう一人を守るべく、一人で奮闘するはめになったのだ。
あとの暴漢三人と。
いや、ダニエルの肘鉄で一人は地面に跪いたから、あと二人か。
「ごめん、ダニエル!もう一人を今すぐもらうから!」
私が叫んだすぐそこで、横から金色と黒の影が飛び込み、残り二人をあっという間に片づけた。
正確な剣の振り方で一瞬で大男を気絶させ、その隣の男が反撃する間もなく、返した剣でその男の胴にも強かに剣を叩きつけたのだ。
その黒づくめの男はディークぐらいの長身で、ディークみたいに美男子だった。
私はその男に警戒心など一切湧かなかった。
メガネをかけているその顔立ちが真面目そうだからではない。
その顔立ちに髪色が私が知りすぎている人達によく似ている事から、彼がその一族の誰かだと直ぐに解ったからである。
彼の目は真っ青で、そこだけ間違い探しみたいに違ったけれど。
「さすがヘイリー!手紙一つで駆け付けてくれるなんて、さすが兄さんだよ。」
「お前の手紙なんか知らないよ!俺はお前なんかどうでもいいからな!」
「ま、まあ!で、では、あなた様が駆け付けて下さったのは、わ、わたくしのためですの!」
品の良い女性の高すぎない綺麗な声は、ミラと似た顔立ちのもう一人だった。
ジリアンに逃がさないようにしがみ付かれているディークがぐふっとおかしな声を出した事で、私はその女性の身元もよくわかった。
ミラの姉のレティシア・オズワルド男爵令嬢。
ディークが不幸に落としてしまったディークの元婚約者だろう。
「さあ、あなた達、女の子達はお家にいらっしゃい。そこのガラクタを片付けるのはそのガラクタで遊んだ子達に任せればいいから。」
停滞した空気の中、カシュレーンが私達に大声を上げた。
ディークは恋人の台詞にさっさと従い、自分が倒した暴漢を後ろ手に縛る作業に取り掛かり始めた。
そして、助っ人らしきダニエルの兄は、レイの言いつけ通りにするどころか、オズワルド姉妹をエスコートしてさっさと住居に入ってしまった。
「ごめんね、うちの兄。最近偉くなったからお片付け機能が消えたみたいで。」
「い、いいのよ。ダニエル。私も手伝うわ。」
この台詞は私の台詞ではない。
ディークから離れたジリアンはダニエルの傍に戻っており、彼女は可憐に笑ってダニエルを赤くさせた。
すぐにダニエルを青くさせる台詞も放ったが。
「大の男の人を後ろ手に縛るなんて、一生に一度できるか分からない行為だわ。ねえ、どうやったら上手に縛れるか教えてくれる?」
「妹は変わったな。僕の行動が彼女をここまで壊してしまったんだな。」
「そう?私は今のジリアンの方が好きよ。それよりも、この連中を今ここで尋問してしまった方が良い気がするわ。中に運んでしまったら、あの男爵令嬢達の前で思い切った質問が出来ないでしょう?」
ディークは暴漢を縛る手を止めて、私をしばし見つめてからため息を吐いた。
「そうか。ジリアンが変わったのは君のせいか。」
「失礼な!ひどい兄のせいよ!たぶんね!」
なかなかブッキングしない。
ダラダラしていてすいません。




