世間って狭すぎる
ダニエルは自分が放っておかれるのは許せない性質らしい。
ダニエルは私達に近所の悪たれな子供みたいな顔をして見せると、私の腕からシュウをべりっと引き剥がし、ああ!何たること!小さな盆に自分とシュウのお茶といつの間にか切り分けていたアップルパイの小皿を乗せて、私のベッドの上に勝手に乗り上げたじゃないか。
「ちょっと、ダニエル!」
「俺さあ、リディといると姉さん思い出すんだよ。帰っていいわ?俺に意地悪なとこがもうそっくり。ここはリディに子ども扱いされるシュウと俺で、仲良く子供ごっこをするしかないかなって、なあ、シュウ?」
あ、シュウはダニエルに完全に懐いているようだ。
仔犬みたいにダニエルに撫でられて喜んでいる。
そしてシュウを誑し込んだダニエルは、私の返答など聞く気がないみたいで、私のベッドの上に置いてあった、カシュレーン師匠の「剣技について」という本を勝手に開きだした。
「汚さないでよ!その本は大事なんですからね!」
「うわお。裸ばかりの絵が一杯。リディはエロエロだあ。」
「うわお、えろえろ、だあ。」
「ダニエル!シュウも真似しない!エロだなんて!それは崇高な本よ!」
「まあ!あ、あの、リディア様、あれはなんていう本なんですか?」
「呼び捨てになさって。ダニエルなんか、シュウの真似して勝手にリディ呼びしていますもの。お友達のあなたが様づけなのはおかしな話でしょう?」
「あの、リディア?」
「ええ、ジリアン。私の恩人が書いた大事な本です。剣の道を極めようと考える人達に向けての、人体の鍛え方、また、人体の急所などを事細かに記してある、含蓄に富む今世紀最高の指南書ですわ。」
「ま、まああ。あ、あの、リディアさ、いえ、リディアは、剣を嗜んでいらっしゃるの?」
「ええ。女では騎士になれませんが、心だけでも騎士になりたいと願っていますの。そのためには剣を極めねばなりません。ドラローシュ通りに剣道場を構えているカシュレーン師匠、あの方に指導を受けていますのよ。」
「まあ、ドラローシュ通り?女性の身には恐ろしい所では無くて?」
「慣れました。それに、あの界隈でわたくしに喧嘩を売る男などおりません。わたくしはカシュレーン師匠の二番弟子と有名ですもの。」
「まあ!一番弟子はどんな方ですの?」
「優しくて博識な紳士ですわ。一度は道場を離れた事もありますのよ。結婚して家庭を持たねばならないから、趣味は捨てねばならないと。道場に通う事が人生の様な方だったから、私も師匠も、彼も、別れの日は泣いたものよ。」
「わかりますわ。私の兄は父が用意した結婚を選んだことで恋人と別れねばなりませんでしたから。兄の悲しみを前にして私も辛かったわ。だから、兄は行方不明になってしまったけれど、恋人と一緒にいられるなら幸せに違いないと思う事にしているの。」
「ジリアンは優しいのね。」
「リディアこそ。あなたの兄弟子様もせめて結婚生活が幸せならいいですね。」
「ハハ!結婚から逃げてきましたよ。今じゃ師匠の恋人ですね。師匠が大怪我した日に真っ青になって道場に飛び込んでいらして。君のいない人生は考えられない、愛している、なんて叫ばれたの!恋っていいものだなあと、師匠とディークの仲睦まじい様子を眺めるたびに思いますわ。」
「……ディーク?あの、その師匠様は男の方、ですわよね?」
「ええ!元軍人の素敵な方よ!恋人のディークもとっても美しい男性で!うふふ、ハーゲン地方の服を手に入れて下さったのもそのディークなの!」
可憐なジリアンは、先程まで泣いていた顔どころか、呆気にとられた顔をして私を見返していた。
どうしたの、と私が彼女に尋ね返そうとした視界の中で、ダニエルが私の大事な本を思いっきり見開きにして私に見せつけていた。
彼は私に分かるようにして、挿絵の男性を指さしていた。
剣の持ち方の所の挿絵で、ディークの端正な顔どころかしなやかな肉体美も一目でわかるという素晴らしい細密画なのだ。
私は勘のいいダニエルに、その美丈夫がディークだと言おうとした。
「この人がジリアンのお兄さんです。」
「まああああ!世間って狭いのね!」
はっ!
一般受けしない恋を暴露してしまった!
それもディークが一番秘密にしたかったであろう親族に!
なかなか二人の絡みに入れませんが、あと一部で一章は終わります。
一章は「出会い」ですので、二章に入ってから恋バナになっていく予定です。




