勘違いはそこら中にある
部屋に戻りジリアンを着替えさせたら、彼女はハーゲンの服が動きやすいと本気で気に入ったようだが、懐かしい服だと言って急に泣き出してしまった。
「き、急に泣き出されるなんて、ど、どうしたの!懐かしいって、あなたはハーゲンの地方の方だったのかしら?」
「あ、ご、ごめんなさい。ち、違うの。私は生まれも育ちもこちらです。あの、兄が数年前にハーゲン地方の服を何枚か仕入れていた事があって。あの、女性が動きやすくてきれいに見える服だからって。」
「まあ!女性の仕事着として考えて仕入れをされていたのかしら。ええ、愛好家としては最高の衣服ですわ。わたくしは知り合いの伝手で手に入れるしかありませんから、商店で売ってくださるなら柄や色も選べますわね。まだ在庫はあるかしら?」
「あ、あ、ごめんなさい。兄に聞かないと。」
ジリアンが再び涙を零しかけ、私はまた泣かせてしまうと大慌てだ。
ここは、誰でも笑わせられるダニエルを呼ばなければ。
私は部屋の中を駆け抜けると、部屋のドアを大きく開けた。
「ダニ――。」
ダニエルはどこで手に入れて来たのか、白いテーブルクロスが掛かっている銀色のカートを押して私の前に立っていた。
そして呆気にとられる私の前を通り過ぎ、部屋の真ん中にそのカートを押し出した。
「さあ、お茶の時間だよ。ミルクティーとアップルパイだ。」
ダニエルはクロスのかかっているカートから、紅茶セットやアップルパイの乗った大皿を手品師風に取り出して、カートの上に置き直した。
「おや、アップルパイが齧られている!大きな鼠がいるに違いない!」
「きゃ~!」
子供の楽しそうな悲鳴。
私はダニエルに感謝しながら大笑いしており、カートに乗せられて運んでこられたシュウをカートから引き出した。
「まあ、大ネズミさん。保育園から脱走してきたの?」
「怖い夢を見たんだってさ。」
「まああ!大丈夫なの?シュウちゃん。」
「アップルパイを厨房で貰ってるときにね、兄さんに見つかってさ。さぼっているんなら甥っ子の面倒を見ろってシュウを受け取ったんだ。」
「甥っ子?兄さん?」
あ、ジリアンをすっかり忘れていた。
それも泣いていた女の子を!
私は慌てながらもジリアンに振り返り、シュウを抱いたままだが伯爵令嬢の腰を落とす挨拶の動作をした。
ジリアンも反射的に同じように腰を落とす挨拶を返した。
「アンダーソンさま、わたくしはリディア・カーネリアンと申します。そして私の腕におりますのが、わたくしの弟、シュウですわ。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。」
「あ、ああ!わた、わたくしは、ジリアン・アンダーソン。私こそ、あの、よ、よろしくお願いします。」
「ええと、俺が。」
「思いっきり存じております。」
「はい、私も良く存じております。」
あ、ダニエルが不満そうに唇を尖らせた。
しかし、ジリアンはダニエルなど一切気になっていないようで、彼女は自分が疑問に思ったそれこそがとても気になるという風に息せき切って尋ねて来た。
「あの、リディアさま。シュウ様がダニエルの甥って?それであの、シュウ様を弟として養育されていらっしゃる?のは、リディアさまがギャスケル伯爵様の婚約者であらせられるからですか!まあ!素敵!それで先程は、あんなにも伯爵を褒めていらしたのね!」
ああ、普通はそう考えるのか。
だが間違いは間違いだとジリアンに伝えねば。
私は伯爵を褒めたけれど、それはあの熊講師を比較対象としただけの話だと。
「こんやくしゃってなあに?りでぃ?」
「結婚を約束した人の事よ?」
「ちがうううう!りでぃはパパのじゃないいい。ぼくとりでぃはいっしょなのおおお!パパは嫌なのおおおお!」
私はシュウの大声と大きく彼が泣き出した事で、慌てながらも彼を抱き締め直した。
「ええ、そうよ、違うわ。ああ。あなたはお父さんがそんなに怖いのね。いいわ。私がずっとあなたを守ってあげるから心配しないで。シュウ、あなたと私はいつも一緒よ?」
「リディ、君はシュウを誤解している気がする。いや、伯爵を、かな?」
「ダニエル。何を誤解なの?伯爵が悪い人じゃなくても、伯爵を怖がるぐらい誘拐が怖かっただけの話でしょう?」
「いや、そうなんだけどさ。いや、ええと。」
「あの、どういうことですの?」
「シュウが誘拐されていた所をわたくしが助けたの。伯爵の子供だと知られると危険になるからって、今もシュウが伯爵の子供であることは内緒なのよ。」
「まあ!伯爵は酷い人ですね!ええ、シュウちゃん。リディア様はあなたのものだわ。」
ジリアンが太鼓判を押してくれただけでなく、初対面でも可憐な少女に頭を撫でられたからか、シュウは簡単に泣き止んだ。
「勘違いだらけだ。わざとか?鈍すぎるのか?」
「ダニエル、帰っていいわよ。」
「ダニエル、また明日。今日はありがとう。」
「お前ら酷いな。」




