有名な伯爵様
ドレスが汚れたジリアンの世話が先だと、私はジリアンを教室ではなく寮の方へとエスコートすることにした。
けれど、ダニエルがまだくっついているのだ。
私は女子寮にまで付いてくるつもりだったダニエルにげんなりしたが、ジリアンが私に心を開くどころか遠慮するばかりだろうと思ったので、このお喋りなダニエルは利用することにした。
「ダニエル?ジリアンが着替えている間は廊下に出てもらうけど、それでもいいならあなたもいらっしゃい。」
「うわ、言い方。言われなくてもついていくつもりだったけどさ、いらっしゃいって、本気で姉さんを思いだすよ。」
「ダニエルのお姉さんには会ってみたかったわ。有名な話ですもの。伯爵様に見初められて、伯爵様から身を引こうとしたところを、伯爵様に拉致されて駆け落ち婚をしてしまったのよね。恋愛小説みたいだって、憧れたものよ!」
私はジリアンが急に夢見がちに語り始めた事に、うわお、と言っていた。
社交関係に疎い私でも知っている、数年前の大恋愛物語だ。
しかし、私が社交界を泳ぎまくっている親族に聞いていた(無理やりのように聞かされていた)伯爵のお相手は、気が弱く楚々とした女性だった。
ダニエルが語る怖いお姉さんとは全く違う。
「ああ!私もそんな恋をしてみたいわ!」
ジリアンが夢見がちに声を上げたが、私は親族から聞いていたもう一つの話を思い出して口にしてしまっていた。
「庶民だった彼女を受け入れない人は多くてね、影で虐めもあったそうよ。それを知った伯爵は烈火のごとくお怒りになって、常に妻の傍を離れなくなったとも聞いたわ。」
そこでミラの肩を持ったあのクマ男を思い出した。
「あの講師とはまるきり違う!お会いしたことは無いけれど、きっと最高の紳士に違いないわ!」
「ええ!そうですわね!リディア様!私もそう思いますわ!」
「そ、そうかな。伯爵は最高の兄だけどさ、え、ええと、そ、その、あの講師は勘違いとかした可能性があると思う。ちょ、ちょっと鈍感そうじゃない?」
ダニエルが急にあの講師を庇うのは何故だろうと考え、私の視線は夢見がちに頬を染めている可愛らしいジリアンの表情を捕えた。
あ、ダニエルは!
人の恋心には鈍感だと言われている私が気が付くようになっただなんて、これはシュウへの母性愛によって私に人間の幅が出来たという事なんだわ。
「おい、リディア、どうした。怖いくらいにあの講師を分析しているのか?」
「え、いえ、するわけ無いわ。あなたの言う通り鈍感で間抜けなだけでしょう。怒りを燃やす価値もありません。」
「ひで。」
「ひどくない!大体小さなシュウが彼に物凄く脅えている事で人間性が分かるってものじゃ無いの?」
「犬や子供が好いている人間が悪い人じゃない系の判断の仕方はどうかな。」
「まあ、そうね。」
そう言われて考え直してみれば、私は父親である伯爵こそシュウの敵だと考えてしまったが、ダニエルがシュウの敵に「最高の兄」なんて言うだろうか。
それで、確か、あの有名な伯爵の名前は、……ああ!有名なギャスケル家じゃ無いの!
家名を潰せない縛りで、血を引いている子孫がいる限り爵位継承されちゃうって言う特記事項付き爵位、スペシャルリマインダー。
女伯爵を何人も輩出してきた家だわ。
「ギャスケル伯爵家!それでシュウの身は危険極まりないのね。」
女の子だろうと爵位が継げるのであれば、庶民の娘の子供などさっさと廃して、同じような階級の娘を後添えに据えてしまえと考えるのが貴族だ。
「どうした?リディア?」
「いえ。さあ、早く私の部屋に行きましょう。そこで色々お話します。」




