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それって、駄目な選択のほうです  作者: 蔵前
第一章 こんにちはと新生活
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女性の振る舞いに注意書きが見えればいいのに

 ユーリスと午後の襲撃計画を簡単に練り上げた。

 計画どころか練り上げるもなく、互いに目を合わせて、夕刻五時に、と俺がユーリスに言い放っただけなのだが。


 十中八九、疑いも無く、恐らくどころか確実に、俺のシュウを誘拐して殴りつけた糞野郎は、父の従弟の息子であるジョージ・ギャスケルだろう。

 驚くほどにジョージに似ているユーリスの弟のエヴァレットの可能性があるが、俺の屋敷の執事やメイドが二人の話し方の違いを聞き漏らすはずがない。


「いや、だからこそ騙されて館に誘拐犯を入れたのか?」


 俺は頭を軽く振った。

 マナーハウスは惨憺たる状況だった。

 押し込み強盗に荒らされたような室内と、残虐な賊からメイド達を逃がした執事や従僕達の無残な死体。


「いや、どちらだろうが、二人一緒だろうが、俺は奴らへの断罪には手を緩めることは無いだろう。」


 新たに誓いを立てるように右手の拳をぎゅっと握った。


「あら、この学園は入学金を払えば誰だって、という場所では無くて?その入学金に寄付金をプラスすれば優遇がある場所ですから、私はこんな素敵な場所は無いとここを選びましたのに。」


 聞き覚えのある声が、高慢ちきなセリフを吐いて高笑いしているではないか。

 一体何事かと小走りに歩いて、リディアがいるはずの廊下に出た。


 背の高いリディアは花の様なドレス姿の少女達の中にいては目立つことこの上ないが、それが不格好に見えるどころか、バラや菫や菊の中に大きな大きなアマリリスが咲き誇っているかのような情景だ。

 真っ赤な薔薇姫は、尊大なアマリリスにバラである自負だけで顎を上げた。


「その考えこそ下賤な出の者の証拠ですわ。人の世にはお金でどうこうできない部分がありますの。私が男爵令嬢であるしか無いのと同じようにね。」


「まあ!でも爵位も関係するのでしたら、おほほ、わたくしは伯爵家の者ですわ。そしてあなたはしがない男爵令嬢。わたくしがあなたが目障りだとあなたに腐ったミルクを投げつけたり、うふふ、下僕のように扱っても良いって事ですわね。まあ!楽しい!転校して来たばかりで右も左もわからないでしょう?こんな素敵な気晴らしルールがございましたとは!おほほ、これからが楽しみですわね。」


 俺は目の前で繰り広げられている光景が、舞踏会場の片隅で貴婦人たちがやっているいじめそのものだと思い出してげんなりした。

 デビューしたての美しい娘、あるいは、男性客の視線を浴びてしまった貴族社会の片隅にいるには美しすぎる夫人など、ご意見番らしき女性達に連れ去られてくどくどと嫌味を言われて虐められるのである。


 なぜそれを知っているか、は、俺の大事な妻が、俺の目が外れた途端にそのようないじめに何度か遭っていたからだ。

 リディアも一皮むけば単なる貴族の娘かと、俺は本気でがっかりした。


 気晴らし?

 伯爵家だったらその下を下僕扱いして良いと?

 特別扱いするなと、俺に言ってのけたあの姿は男の前だけのものなのか?


 ああ確かに。

 あの振る舞いは俺どころかユーリスの好感も引き寄せていたさ。

 俺は舞踏会場で妻を守ったあの日のように真っ直ぐにその場に向かい、リディアに虐められている薔薇姫の前に出た。

 そこでダンスのパートナーのようにして薔薇姫に腕を差し出した。


「教室に戻りましょうか?ここは空気が悪い。」


「ま、まああ!そ、そうですわね!」


 薔薇姫は俺の腕に少々はしたないぐらいにしがみ付いたが、それだけ伯爵令嬢リディアに脅えていたのだろうと考えた。

 俺はリディアを見下ろすと、鼻を鳴らした。


「いじめなんて品のない行為は爵位のある方がするはずは無いと思っておりましたが、そうですね、爵位で人の品位など計れませんね。」


 リディアは俺と同じようにして鼻を鳴らして見せた。


「爵位のある人間が品のない行為はしない、そのような固定願念に囚われている時点でその方は階級主義の差別主義者だとわたくしは軽蔑しますわ。」


 俺はリディアの物言いに怒りが湧くどころか、胸がわくわくとしてしまった。

 俺がもっと酷い言葉を投げた場合、彼女は一体どんな返しをするのだろうか。

 俺は彼女によってどこまで貶められるのだろうか、と。


 だが、俺が彼女にさらに言葉を投げつける事も、彼女が俺にさらに言葉を返してくることも無かった。

 リディアは俺のようにして一人の少女に腕を差し出した。


「ハーゲン地方の民族衣装愛好家仲間を探しているの。あなたは如何?仲間になって下さるのであれば、わたくしのハーゲンの服を貸して差し上げるわ。この学園では最上位らしい伯爵令嬢のドレス。誰にも汚せないドレスでしょうね。いかがかしら。」


 リディアの腕におずおずとか細い両腕が巻き付いた。

 水色のドレスを着た小柄で可憐な少女だったが、彼女のドレスには腐ったヘドロの様なものがかけられていた。


「では、皆様、ごきげんよう。」


 リディアは水色のドレスの少女を守るようにして俺達の前から歩き去り、廊下を曲がるところで大柄なダニエルの影がその仲間に加わったのが見えた。

 いや、見えただけでない。

 ダニエルは俺に顔を軽く向け、馬鹿、と俺に口パクして見せたのだ。


 残された俺は、ようやく全貌が見えたと右手で頭を掻いた。

 左腕にぶら下げた薔薇姫が重い。

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