困った時は正直に
まあ!ユーリスの雰囲気が一瞬で変わったわ。
いえ、ダニエルだって拳を握って、初めてといっていいほどの真面目な顔で怒りを前面に現わしているじゃ無いの。
この二人にあった出来事を全部話せば、シュウの身の上は絶対に安全になるだろうと私は確信した。
「今朝のあの失礼な男によく似た、大柄で、同じ髪色の男です。顔も……そうね、似ているって思ったわ。髭だらけで似ているって言うのもおかしいですけれど、焦げ茶色の髪のぼさぼさ加減がそっくりですわ。ええ、ええ、無駄に体が大きい所もそっくりですわね。だからあんなにシュウがあの講師を怖がるのね。」
ユーリスは右手を目元に当て、大きな溜息を吐いた。
そして私に尋ね返すために出した声は、少し疲れているようだった。
「目は青くなかったですか?」
「まあ!ご存じの人でしたの?」
「ええ、たぶん。厄介者で有名な奴だと思います。で、そいつはシュウをどこに連れて行こうとしていたか分かりますか?」
私はユーリスに謝るしかなかった。
私の目の前で、守るべき弱きものが暴力を振るわれた。
私は自分が間に合わなかった挫折感を噛みしめるしかなかった。
その挫折感は、私を一瞬で怒りの炎に燃え上がらせるものだった。
だから私は、シュウを殴ったその暴漢に対して、怒りの拳を握っていた。
そして、趣くままにその右手の拳を、奴の無防備な左頬にぶちこんだのである。
私の攻撃によってその男は倒れかけ、私は倒れ行く男からシュウを引き剥がして抱き上げた。
突然の私に脅えるどころか、シュウは私にしがみ付き、男はさらにシュウに手を伸ばしてきたではないか。
私はシュウを抱き締めての両腕の使えない状態だ。
そこで、自由な足でもって、奴の腹のど真ん中を思いっきり蹴り飛ばしたのである。
道路に大の字で倒れた男。
しかしまだ意識はあり、反吐を吐きつつ私への怨嗟を唱えている。
いつ反撃されるのかわからない状態であれば、ここはしっかりと止めを刺さなければいけないだろう。
私はさらに蹴りこむべく足を持ち上げた。
ぴぃー―――――――――――――――――。
市民の騒乱があれば飛んでくる憲兵の笛の音だ。
私は彼らにこの暴漢を引き渡せると思ったが、私の召使たちは全く違う考えであったらしい。
私が召使いたちによって馬車へと押し込められたのである。
それがシュウを救い出したその時の顛末だ。
その後の私は、シュウを我が弟にするための両親との戦いや、私が外に出たら牢屋に入れられると思った召使たちによる軟禁を受けてもいた。
つまり、実はあの暴漢がその後どうなったのか知りようが無いというのが真実なのである。
「ごめんなさい。分らないわ。」
「仕方が無いです。小さな子供を守るのが精いっぱいだったのですよね。小さな子供、俺の甥を守って下さったことには感謝しかありません。あの子は死んだ姉の子供なんです。」
「え?」
私は新たな真実を聞いたと、驚きながらユーリスを見つめ返した。
彼はまじめな顔を向けると、本当だと云う風にこくりと頷いた。
「どうして、あの、どうしてすぐに叔父だとおっしゃらなかったの?」
「俺はずっと誘拐された甥を探していました。あなたが保護して下さっていたと聞いて、ええ、すぐにでも名乗り出たかったのですが、あの子の身の安全のために黙っていました。」
「私が信用できなかったのかしら?」
「その反対です。あなたの元ならば安全です。」
「私の元ならとは、やはり、本当の親の元が危険という事ですね。」
「ええ。親元に戻せば再び誘拐される可能性が高いです。ですが、可愛い甥なんです。せめてあの子の幸せを遠くから見守れたらと保父になりました。」
「ぜんぜん遠くじゃ無いじゃないか。」
私はダニエルの言葉を聞かないことにして、軍部を辞めてまで小さな甥の為に人生を掛けてくれた人を尊敬の目で見つめた。
そうよ、なんて素晴らしい人なの!
「ご安心なさって。私はあの子を絶対に幸せにしますわ。絶対に実の父親なんかに渡すものですか!命に代えても守ります!」
あら、ユーリスが笑顔のまま硬直してしまったのは何故だろう?
ダニエルは逆に腹を抱えて笑っている?




