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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
三部 一章 たどってきた道
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77話 賢者に助けられた者たち

 静まり返った街を歩く。


 主と唯一の住民を無くした街はあたいたちを追い出そうとしているかのようだった。


 達成感なんて無い。


 ただ、成し遂げた事実と、失った事実とがあたいに残った。


「……なんか、複雑だな」


 広場に出て、噴水の前でジャンがそう呟いたので、あたいは掠れた声でうんと頷いた。


 足取りは重く地面を靴の裏が擦る。


「全部、終わったのにね」


 そう、終わってしまったのだ。


 お師匠様の弟子であった時間も、聖地へ向かう旅も、賢者となるための旅も、賢者になるための試練も終わってしまったのだ。


 じゃあ、あたいはいったいこれから何をすればいいんだろう。


 先を示してくれるお師匠様はもう、いない。


 不意にジャンが立ち止まって、あたいの顔を覗きこんで言った。


「俺さ、勝ったんだぜ。メロウジスタの英雄に」


 その口ぶりは自慢げなのに、顔には影がかかっているようだった。


「そっか。……あたいも、倒しちゃったな、魔法使い」

「しかもただの魔法使いじゃないだろ? 街を造るほどの大魔法使いだ」

「そうね」

「その大魔法使いを倒せるまでになったヒヨはすごいよ。……努力が実を結んだんだ」

「そういうジャンだって、英雄を倒しちゃったんだもんね」

「ああ、そうだぜ」

「誇らしい?」

「ーーああ。誇らしいよ!」


 想像以上に力強い返答に、あたいは一瞬言葉を失った。


「……ジャンは、強いね」

「メロウジスタの英雄を倒したんだ。弱くなんていられない。俺は強くなきゃいけないんだ! それはヒヨもだよ!」


 ジャンがそう言ってあたいの肩を力強く掴む。


「お前は大魔法使いを倒して人々を恐怖から救った賢者なんだ、立派な賢者なんだよ! だから、背負っていくしかないんだ! ーーその魔法使いが、賢者の時に成してきたことを!」


 あたいははっとする。そしてジャンの瞳を初めて見つめ返した。


「魔法使いが助けた人々をヒヨが助けるんだ! 魔法使いが助けるはずだった人々をヒヨが助けるんだ! それはその魔法使いを倒したヒヨの背負うべきものなんだ! だから、そんな顔するなよ!」


 あたいは目頭が熱くなってくるのを感じた。そしてもう消え去ってしまった城の方を眺める。


 高い遮蔽物が無くなって、天まで突き抜けるほどの青空が目に入る。


「うん、うん……!」


 あたいは泣いた。さっきもずっと泣いていたのにまた泣いた。


 暖かい風があたいたちの周りを吹いた。


「そうだね。あたいは賢者なんだ。あたいはやらなきゃいけないんだ。だって、あたいは、あたいはお師匠様と同じ、賢者になったんだから……!」


 あたいは泣いた。けれど、膝は折らなかった。


 折れそうになる足を堪えて、代わりに空を見て泣いた。そして手を伸ばす。


「あたい、賢者になったよ……!」


 その声は、お師匠様に届いているだろうか。


 と、突然金属の擦れる音がした。


 涙で霞む視界でその方向を見ると、鎧を身にまとった人々があたいたちの方へ向かってきている。


 ジャンは剣を持って立ち上がった。あたいも反射的に杖をとる。けれど、あたいは自分が人間にできることはないと思い出して、大人しく杖をしまった。


 しかしどうにも様子が変だ。隊列を組んで、まるで街を行進するかのように歩いている。


 それをジャンも感じ取ったのか、剣を素直に下ろした。


 そして兵隊たちはあたいたちの前に並んで、二列のその真ん中を開けた。


「あっ!」


 よろよろとキタラさんに肩を持たれて歩いているのは、テラロアだ。


「生きてたのか……!」


 ジャンも驚愕した様子だ。


 そのままじっとしていると、テラロアはあたいたちの前で膝を着いた。それは確か、騎士の敬意の形。


 そして立ち上がって振り返り、兵士たちに言う。


「この方たちは賢者である!」


 開口一番そう言う。


「悪魔に取り憑かれた僕を助け、悪魔に滅ぼされかけたリューレルの街を護り、大魔法使いレーザを倒した偉大なる賢者様である! よいか皆の者! 賢者とは魔法使いとは違う。賢者様に導かれる新たな時代がすぐそばにあるのだ!」


 そのテラロアの言葉に、兵士たちは小さくも頷いた。そこに疑惑の念は無く、皆がただあたいを見た。


 テラロアはまた振り返って、あたいたちを見て言う。


「なんとか残った悪魔の力で体を再生させることができました。これも賢者様の調整のおかげです」

「ううん。あたいはそんな器用なことはしてないわ」

「それでも、僕はこの一件で賢者について考えさせられました。そしてつまびらかに全てを王へ語ろうと思います。僕は多少顔が利くので」


 そう言って青年の表情で笑うテラロアに、あたいはなんだか不思議な感覚を覚えた。人間って、変われるものなんだ。


 続きをキタラさんが引き取って言う。


「だから、いきなりで悪いが王都へついてきて欲しいんだ。俺も同行するから、罠の心配はない」

「わかったわ」

「いいのか? ヒヨ。そんなあっさり」

「うん。だって何かあってもジャンが守ってくれるでしょ?」

「まあな」


 ジャンはそう言って嬉しそうに笑う。ちょっと褒められただけで単純なんだから。


 ふとキタラさんの顔を見ると、どこか寂しそうに遠くを見つめていた。


「なあ、ヒヨ」

「なんですか?」

「あいつは、すごかったか」


 あたいは大きく頷く。


「当たり前です! だって、あたいのお師匠様なんですから!」


 そう言うと、キタラさんの目に涙が薄く溜まった。鼻をすんと慣らして顔を背ける。




 その日のうちにあたいたちは王都に出向いた。あたいなんかが賢者の代表として出るのはどうかと思ったのだけれど、テラロアさんは譲らないし、キタラさんはわざわざブリーさんに確認をとってきたほどだ。


 緊張しながらも王様の前に出て、テラロアさんが語る横でさまざまなことをして見せた。


 治療のことを話したり、賢者の魔法がどれだけ有用性があるのかも語った。極めつけは賢者秘伝の調合レシピよ!


 賢者は王に認められ、魔法使い狩りも無くなった。


 そして、またあたいたちに大変な日々がやってきた。


 今度は賢者としての活動だ。賢者に会って安全になったことを伝える。そして人々を助ける。もちろんファムちゃんを弟子として連れて。


 何度もゴロツキに襲われたけれど、全部ジャンが格好よく倒してくれた。


 そうして、六年が経った。

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