表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
三部 一章 たどってきた道
75/79

74話 アルミルティの傭兵

 アルミルティの街は、その原型を失ってなおそこに存在していた。


 魔法……それも呪系の刻印が刻まれた真っ黒の外壁、ところどころに見える赤黒い血の痕、転がる骸骨。


 だだっ広い街は森閑としていて、魔物が支配するダンジョンのように思えてくる。


 そこから大きく口を広げている入口の前に立って、あたいたちは顔を見合わせた。準備は万端よ。


 雰囲気に当てられて、静かに街を進む。二度破壊された街だからだろうか。支配されてなお佇まいに貫禄がある。


 幅のある道の真ん中を進む。そしてこういう道の先に何があるのかを、あたいは経験的にわかっていた。


 視界が開ける。整えられた足場と水の出ない噴水と、その奥。リューレル教会よりも小さくて、ルトンさんの家のようにボロボロな黒い城がそびえていた。


「……近づくまで気が付かなかった」

「魔法で隠してあるわ。なんのためだろう」


 まあ、それは実際に会って聞いてみればいいのだ。


 今にも崩れそうな扉の前に立つ。そして気がついた。ここにも魔法が張ってある。


「それ罠だから、触らないでね」

「ああ、頼む」


 あたいは扉の前に立って、魔力を集めて魔法のつなぎ目を絶った。すると、砂の山が崩れるように扉が崩れていく。


 その奥には、まだ暗く黒い空間が広がっている。


 あたいとジャンは慎重にこれまた真っ黒なカーペットの上を進む。まったく、お師匠様ってそんなに黒色が好きだったのかしらね!


 全てが黒い空間。松明の炎すら色味は黒くて、なのに明るさを持ってるからもうこんがらがっちゃいそう。


 黒い甲冑の隣を通り過ぎる。そのまま階段を登っていくと、鉄の大きな扉があった。


「開けるよ」

「お願い」


 緊張した声で、ジャンは扉を押し開けた。


 あたいはその時、確信を得ていた。この先には、きっといる。だからそれをわかってジャンは扉を開けたのだ。


 これまでのどこよりも広い部屋だ。なんの装飾も魔法の罠も無い。その中心にぽつんと一人。


「……やっときたんじゃの。わしゃ老けて死ぬかと思っとったわい。はっはっはっは!」


 年老いたメロウジスタの英雄は、豪快に笑う。


 ジャンはルトンさんに話しかけた。


「久しぶり、じっちゃん」

「おう、久しぶりじゃな。どうじゃ、旅は楽しかったかの?」

「うん、楽しかったよ。とっちゃんとも会えたし」

「ほう! そりゃわしも会いに行きたかったものじゃのう」


 平静を装って喋るジャンだが、その両手には剣を持っている。それも力強く握った状態で。


「このまま通してくれる?」


 ジャンが尋ねた。


「いいや、通すのはヒヨちゃんだけじゃ」


 ルトンさんがそう答える。


「ならよかった」


 そう微笑んで、ジャンはあたいの背中を押した。あたいは少しだけ反発する。


「どうしたんだよ、行かないのか?」


 ふるふると首を振って、あたいはジャンの方向を向いて言った。


「温泉、行くんだからね」


 それだけ言い残して、あたいは走ってルトンさんの隣を駆け抜けた。


 背後で、愉快そうなルトンさんの笑い声がしっかりと聞こえてきた。


 階段を駆け上がりながら思う。


 ーー絶対もっといい言い方あったよね?!?! 恥ずかしい!


ーー ーー ーー ーー ーー


 ……ああ言われたら、頑張るしかねぇよなぁ。


 俺そう思うと共に、両手にあらん限りの力を込めていることに気がついて、拳の力を緩めた。


 笑っていたじっちゃんは、笑顔のまま俺に言う。


「惚れ込んだ女には尽くす。わしたちと同じじゃな。同じ血が流れとるわい」


 かっと頬が熱くなる。まあ、わかってはいたけど、やっぱそういう気持ちだよな、これ……。てか、温泉かぁ。


 なんて妄想を膨らませるのをどうにか打ち切って、俺も声を上げて笑った。じっちゃんの声は相変わらず大きくて、自分の声が聞こえてこない。


「俺、じっちゃんの孫でよかったよ!」


 笑い声の向こうに届くように、そう大声で言う。じっちゃんが笑うのをやめて、俺をしっかりと見た。


「じっちゃんの孫だから、ヒヨと旅ができた。じっちゃんの孫だから、ヒヨを守れた。……もちろんとっちゃんにも感謝してるけど、先に!」


 俺は剣を構える。


「爺孝行だぜ!」


 俺の視線の先で、じっちゃんはニヤリと笑って立ち上がった。


「仕方がないのう。孫の思いやりは受け取らねば」


 そして、()()()()()()


 俺はぎょっとして目を見開く。


「なんじゃ。傭兵に傷は付き物じゃからの。それを隠して戦うだなんてとんでもない」


 左腕一本で身の丈以上の剣を持ち上げて、じっちゃんは昔のように構えて見せた。


 俺は心の内が燃え上がってくるのを感じていた。強者との戦い。それが家族だとしても、その興奮には抗えない。


 なぜなら、俺はじっちゃんの孫で、じっちゃんは俺のじいちゃんだからだ。


「かかってきなさい。わしを超えたことを証明してみろおおおおお!」


 笑うメロウジスタの英雄に飛びかかる俺は、笑顔だったかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ