73話 終わったらきっと
「緊張してきたな」
「そうだね」
あたいたちの家から一番近いジャンのいた町を端目にそんな言葉を交わす。
あたいの心境は複雑だ。
なぜなら、町は面影もないほどに荒れ果てているから。
「キタラさんの起こした数少ない災害のひとつね」
そんな言葉が口をついてでた。
「ん、そうだな」
ここはあたいたちが通った町の中では王都に二番目に近い。深い魔法使い狩りのつけた傷跡は癒えることはなさそうだ。
にしても、こんなに酷くやる必要はないのにな、なんて考えちゃう。
「はぁー」
そんなあたいと同じ心情を抱いてか、ジャンが大きくため息を吐いた。そうよね、ジャンの故郷だもんね。
「この旅が終わったら、どうしよっかな」
「え?」
自然と音が口から出た。
「なんだよ、そんな間抜けな声出して」
「いや、だって、あれ見てため息吐いたと思ったから……」
「ああ、うん。まあ確かに悲しいけどさ」
そこで一旦言葉を区切って、ジャンは真剣な顔で言う。
「失ったものは戻ってこねぇし、きっとみんな生きてるだろ、って思うからよ」
「……希望的観測ね」
「おっ、どうした急に難しい言葉使って」
「な、なんか出てきたの!」
茶化されてムキになってしまう。落ち着くのよあたい。あたいはもう大人のレディーなの!
もう。あたいはたくさん難しい本を読んだんだから、難しい言葉だって使えるってわかってるくせに。
どう言い返してやろうかと考えていると、ふと視界に写った。
「あ」
「ん?」
どうやらほぼ郊外まで来ていたみたいで、そして何より一軒だけポツリとその家は残っていたから目に付いたのだろう。
「残ってるね」
「……ああ、残ってるな」
それは、ルトンさんとジャンのお家だった。
みるからにボロボロで、勝手に崩れてしまうんじゃないかって思えるけれど、強かにそこに残っていた。
「寄らなくて、いいの?」
そう尋ねると、ジャンは言葉もなく頷いた。
お家を通り越したらもう先にあるのはアルミルティの街だけだ。旅の終着点を意識すると、どうも緊張する。
「この旅が終わったら何しよっかな」
今度はあたいがその言葉を口に出した。
「なんだ。お前もやることが見つからないのか?」
「そうね。やっぱり賢者になるっていう目標はとっても大きかったから」
ずっとずっとずーっと魔法のように唱えてきた言葉だった。「あたい賢者になる!」って、お師匠様に向けて何度も言ったものだ。
だから、本当に賢者になってしまったら、あたいはどうしようか。
まさか、お師匠様に先の道を教えてもらうわけにもいかない。
「……きっと、ずっと旅をすると思うよ」
あたいはジャンに向けてそう言う。
「あたいは、この先もずっと、誰かのために旅をするの。賢者として、人間を助けるの。……弟子になったファムちゃんを助けながらね」
そう語るあたいを、ジャンは眩しそうなものをみる目で見ていた。確認するように何度も頷いて、それから正面を向く。
「……俺も、その旅についていってもいいか?」
改まったような口調でそうジャンが言う。
「え、うん、もちろん……」
「おい、なんだよその歯切れの悪い」
「違うの! なんか、急に変なこと言うから……」
「そんなに変か?」なんて呟いて首を傾げるジャン。
だって、びっくりしちゃったから。もうあと少しでジャンとの旅は終わっちゃうって思ってたし……。
なんだろう、すごく落ち着かない。なんだか落ち着かない。
少しの間沈黙が流れて、それからジャンが立ち止まった。あたいも足を止めると、ゆっくりと口を開く。
「俺は、お前の傍に居てもいいか? この先ずっと、お前の隣に並んでも、いい……です、か?」
「なんで敬語なの」なんて、言えなかった。それは心臓が強く鳴っているせいでもあるし、頭がクラクラするせいでもある。
だから……ああ、もう! 細かいことは考えなくていいのよあたい! 息を吸って、止めて、吐いて。それから口を開くの。
「うん。ジャンが隣にいてくれると、あたいも嬉しいし、安心するし……と、ともかく! よ、よろしくお願いします」
なんだかとても気恥しい。ジャンの顔を直視できない。けれど、どうにかジャンを見た時、ジャンはふやけた表情をしていた。安心と喜びが同時に起こったような表情だ。
「ぷっ、あははは!」
それを見て、あたいは思わず吹き出した。笑っていると、困ったような目線を送ってくるので、あたいは笑いながら言う。
「ひょ、表情が、おかしくって……」
「ああ、そういうことな。いや、仕方ないだろ緩むのも……ぷっ」
ジャンも釣られて笑いだして、あたいたちの笑い声だけが聞こえるようになった。不安も緊張も吹き飛ばされてしまいそうだ。
一通り笑ったあと、あたいはジャンに言う。
「それじゃあ、最後まで頼むわよ、傭兵さん」
「ああ。賢者になれよ、ひよっこ賢者」
「それじゃあもう賢者じゃない?」
「細かいことはいいんだよ。さぁ、行こう」
「うん」
ジャンがあたいの前を進む。あたいは隣に並んで歩いた。陽の光は心地よくて、あたいは日差しに目を細めた。