71話 始まりの家
森の中で魔力を光源にして、向かい合って座る。トンネルを抜けてから二週間ぐらい歩いただろうか。
「にしても、長い旅だったな」
ジャンがそう話を切り出すので、あたいも頷いて続けた。
「何年経った? 三年ぐらい?」
「うん。たぶんそれぐらい」
あやふやだけどね、と付け足して、あたいは空を仰いだ。清々しく晴れ渡った空は、あたいの不安を映してはくれないみたい。
「俺もだいぶ背が伸びたな」
「あたい全然伸びないんだけど?」
「俺に言うなよ」
近くの木の隣に立って、ジャンが自分の頭の位置に傷をつけた。あたいもその下で同じことをするが、頭一個と半分ぐらいの差がある。
ジャンだけ身長が伸びる能力でもあるのかな? あたいも賢者の力で……。まあ、無理だけど。
不貞腐れたまま道に戻る。
「でも、別に身長が伸びたからって得することもないんだぜ?」
ジャンはそう言うが、あたいは身長の差があるということを気にしているのだ。まったく。
「初めてあった時はもっと小さかったのにね」
「それはお互い様じゃないか? お前も伸びただろ」
「ま、まあね……」
まあ、確かにそこそこ伸びたかもしれない。あたいももう十四歳で、年相応の背にはなっているはずだ。なってると信じたいわね!
「じっちゃん超してるかな……」
ジャンがそう儚げに呟いた。
ーー ーー ーー ーー ーー
「今まででどの村とか街が楽しかった?」
あたいがそう聞くと、ジャンはうーんと唸って考えこんだ。そして絞り出すように言う。
「やっぱリューリの街だろ。エレとの関わり抜きにしても、景色も食事も最高だったからな」
「だよね! やっぱいい所だったなぁ。あ、あたいは何気に温泉のあった村も好きだったわ」
「ああ、あそこか! あそこもいいよなぁ」
しみじみと言うジャンに共感して首を縦に振りまくる。温泉なんて珍しかったからなぁ。
「ちょっと遠いけど、また行きたいわね」
「そうだな」
帰りは追われるゴタゴタで気にする余裕も無かった。というか、またあそこまで行けるかな……? 道に迷っちゃいそう。
「ま、贅沢するお金ももう無いからね」
「そうなのか? まだそこそこあると思ってたが」
「ばっちり寄付してきたから!」
「そういうことか。ないすだぜ」
「でしょ〜?」
所持金の三分の二をエレちゃんに渡してきた。雀の涙程度の量しかないけど、使ってくれるといいな。
とか話していたら、次の村が見えてきた。
あたいは悪い顔をしてジャンに言う。
「……奮発しちゃう?」
「金あるのか?」
「ま、まあまあ」
ジャンが訝しむような目をして、ふと笑って言う。
「しちゃおうぜ、貯めとく理由もねぇんだ」
「やった! 美味しいものないかなー!」
あたいたちはウキウキで村へと入って行った。
ーー ーー ーー ーー ーー
懐かしい景色になってきた。
生い茂る草木。手入れのなってない果物のなる木。赤青黄の三色の花が咲いている。
ピクニックでここへ来たのはどれほど前のことだろうか。
「寄り道していってもいい?」
あたいがそう尋ねると、ジャンはこくりと頷いた。
わずかな記憶を頼りに森の中を進む。途中で、ジャンが口を開いた。
「なあ、俺ヒヨにずっと言ってなかったことがあったんだけどさ、今言ってもいいか?」
「うん、何?」
ジャンがおもむろに魔剣を引き抜いて語り出す。
「この剣に初めて触れた時にさ、文字が浮かび上がってきたんだ」
「文字?」
「ああ。『少年、あとは頼む』って書いてあったっけな」
ジャンが足を止めたので、あたいも足を止めてジャンをじっと見つめる。それからジャンはあたいに尋ねた。
「俺は、お前の力になれたか?」
あたいは笑って答える。
「何度も言ってるでしょ! ジャンで良かったって!」
ジャンは安心したように緩んだ笑顔になって、魔剣を腰の鞘に納めた。それから何事も無かったかのようにあたいたちは歩を進める。
そうしてしばらくして、記憶にしっかりと残っている景色を辿り、着いた。
「……まだ残ってたんだ」
完全に燃え尽きて、黒い炭と化した柱が二本残り、屋根は崩れ落ちてもちろん壁もない。けれど、地面には薄く土が被っていて、雑草がところどころから生えている。
残っているのは陶器の食器とか、金属製の装飾品。まあ、どれも錆びているけれど。
ジャンと一緒に懐かしの我が家を訪れる。
何か残ってないかなぁ。なんでもいいんだけどね。なんでも懐かしいもの。
けれど、物の数自体が少なく、ほとんどが本とか燃えやすいものだったから、何も残っていない。
奇跡的に生き残っていたカップを拾い上げると、それはあたいの物だった。
心の奥がむず痒く、目の奥がじわじわする。
「……懐かしいか」
「うん」
ジャンは昔薪を作る時の切り株に腰掛けていた。
と、足音。
あたいたちはゆっくりとその方を向く。
「……やあ、久しぶりだね」
それは、あたいたちが旅で初めて出会った賢者。
「キタラさん……?」
キタラさんが、杖を手に玄関のところに立っていた。