表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
三部 一章 たどってきた道
65/79

64話 救い

「エレちゃんのお兄さん?!」


 あたいは思わず叫んだ。情報がたくさんで軽いパニック状態だわ! 


 ガタンと荷台が大きく揺れて、あたいは「きゃっ!」と叫んで中を転がった。ジャンが止めてくれた。


 あたいはアーチェさんの元にまた近づいて、ほとんど叫んでいるかのような声量で尋ねた。


「それ、本当?! エレちゃんは元気なの?!」

「本当です! しかし、私はもう司教ではございませんから、エレがどうしているかは見当もつきません。しかし、大変な状態にあることは確かです」


 それもそうよね。だって、敵は人だけでなく魔法使いもいるんだもの。


「三ヶ月前からこうなの?」

「いえ、一ヶ月ほど前からです」


 あの魔法使い、微妙に嘘を混じえてたわね。でも、ひと月もの間耐えているんだったら、エレちゃんや街の人達がすごいわ!


 あたいはフラッシュバックのように思い出されたことを聞く。


「アーチェさん、ずっと気になってたのだけれど、エレちゃんの部屋にあるカーペットの魔法陣。あれは何? 魔力を流したら、何が起こるの?」


 それはとても昔の記憶。あの部屋にはカーペットがあって、そこには魔法陣が描かれていた。あたいは知識が無かったから触れなかったけど、今なら……。


 アーチェさんは言う。


「正直に申し上げますと、私にもあれが何かは全くわかりません。けれど、昔は賢者様がおられた教会です。悪い効果ではないでしょう」


 そっか……。うーん、じゃあどうしよう。下手に触れないわ……。


「じゃあ、その魔法陣について記された本があるんじゃないのか?」


 ジャンが横からそう言う。あたいはパチンと手を鳴らした。


「ジャンの言う通りね! アーチェさん、このまま教会まで行ける?」

「ええ! 人を轢いてでもたどり着いて見せますよ」

「い、良い意気込みだわ!」


 過激だけどね!


 アーチェさんが馬に鞭を打つ。ガタリと馬車が大きく揺れた。


 あたいは外を眺める。


「もう来てる……!」


 どこに潜んでいたのか大勢の兵士がこちらを狙っているようだ。しかし大して焦っている様子もない。


 あたいは頭を回す。兵士はこっちを見てるだけ。それはなぜ? もっと急いで、先回りしてもいいはずなのに。


 あたいは思い至った。急いで杖を引き抜く。


 その時、一本の矢が荷台の布壁を貫通して床に突き刺さる。あたいは苦い顔をした。


「ガイア!」


 そう唱えると同時に、五六本の矢が荷台に飛び込んでくる。あたいとジャンは身を低くして躱した。


 すぐに御者台へ向かう。


「アーチェさん! だいじょ……う」


 馬には、荷台に入ったよりもたくさんの矢が突き刺さっていて、ーーアーチェさんは、脇腹を矢に貫かれ、馬から落ちようとしていた。


 ダンと後ろで床を蹴る音がした。


 振り向けば、ジャンの姿はそこになく、刹那の間隔を置いて浮遊感がした。ジャンがあたいを抱えて馬車を飛び出る。


 地面に落ちる寸前でジャンはアーチェさんを掴んだ。


「ヒヨ! 飛べ!」

「▲▲ー。。!」


 背中に翼を生やしてあたいたちは空を飛ぶ。けれど思ったような高度と速度が出ない。


「ジャン! 重量がギリギリだわ!」

「なら俺が降りる! ヒヨ、エレの兄ちゃんを任せたぞ!」

「うん!」


 あたいはアーチェさんの腕を掴んだ。それを確認して、ジャンが地面に降りていく。


 速度をあげたあたいたちは一直線で街へと向かう。


「アーチェさん! 死なないでよ! エレちゃんに、会わないと!」


 あたいの真下からは金属のぶつかる激しい音が聞こえる。


 あたいの出せる最大の速度でリューレル教会へと向かう。


 時間が遅く感じた。速さが足りない感じがした。


 視界の端で見えたリューリの街は怖いほどにひっそりとしている。


 あたいは杖をリューレル教会のもっとも高い位置にある大窓に向けて、魔力に呼びかける。


「開けて!」


 窓が魔力によって開かれ、あたいたちが飛び込むのと同時にバンと音を立てて閉まった。


 勢いはふかふかのクッションによって殺され、あたいは体勢を立て直してすぐにアーチェさんの傷口を見つける。


 そこで、あたいはようやく顔を上げた。


「エレちゃん!」

「えっ、ひ、ヒヨ?! どうしてここに……いえ、その方は……」

「エレちゃん! おつかいお願いできる?!」


 驚愕の色を浮かべたエレちゃんが、倒れたアーチェさんの脇腹の傷に気がついて表情を引き締めた。


「グローブ! ヴェール! 何も言わずにヒヨの言葉に従って!」


 黒衣を纏った二人の司祭が現れる。二人はアーチェさんを見て驚いたようだった。それを気にもとめずにあたいは早口で言う。


「青と緑の薬草、黒の魔草、赤い鳥の卵とエルダータートルの肝臓の粉末をお願い! すぐに!」

「かしこまりました」


 ヴェールさんがマントを翻して部屋を出て行く。グローブはアーチェさんを気にしながらも、ヴェールさんを追いかけて行った。


 あたいは杖を傷口に向ける。


「ごめん、エレちゃん。ちょっと集中する」

「はい」


 優しい魔力を呼び寄せて、傷口の周りに配置した。


「ヒール」


 温かい緑の光が傷口を隠す。


「ううっ……」

「アーチェさん、大丈夫、死なないわ。意識を強く保って」

「あぁ……、あ? ここは……」

「ダメ、顔も上げないで。本当に、ギリギリだから」


 じんわりと額に汗が浮かぶ。傷口は狭いが深い。奥に魔法の力が及ぶように働きかける。


「アーチェ……? ねえ、兄さん、なの?」


 エレちゃんが信じられないというように声を発して、アーチェさんの隣に座り込んだ。アーチェさんが口を動かす。が、


「ごはっ……はぁ……」


 言葉の代わりに血を吐いて、力なく頭を床に置いた。


 あたいは焦る。血は止まらない。臓器は複雑だ。回復も間に合わない。このままじゃ、あたいの目の前で人が死んじゃう!


「もう、いい、よ……」


 アーチェさんが起き上がった。


「ダメよ! 安静にして! 絶対に治る、絶対に治すから!」

「いや、いい……。やぁ、エレ。久し、ぶりだ……ごほっ!」

「そんな……兄さん……」


 エレちゃんがアーチェさんの手を握ってポロポロと涙を流す。アーチェさんはなおも言葉を発した。


「今まで……一人にして、ごめん、な。私は、どうしても、出ていかなければ……」


 エレちゃんは泣きながら言う。


「いいの。兄さんが何も考えずに出て行くわけないって、わたしわかってたから」

「そうか……ふふ」


 アーチェさんはエレちゃんの頬に手を当てる。


「大人に、なったな。たくましい、大司教様だ」

「……」


 あたいは、息を吐き出した。


「アーチェさん、ちょっと我慢してね」


 傷口に杖を当てる。


「ファイア」


 皮膚が焼かれて傷口を塞ぐ。貫通した先はヒールで塞がってたから、これで血は止まった。


 あたいは静かに立ち上がって、扉へと向かった。


「賢者、様」


 足を止める。


「本当に、ありがとう、ございまし、た……」


 あたいは振り返って言う。


「どういたしまして」


 ーー ーー ーー ーー ーー


 グローブさんとヴェールさんが戻ってきた。あたいは目元を拭う。二人は何かを察したようにあたいの前で立ち止まった。


 グローブさんが口を開く。


「……あいつは、アーチェだったのか?」


 あたいはこくりと頷いた。湿ったため息を二人は吐き出したようだった。


 辛い沈黙が降りる。


「アーチェは不思議な夢を見るとよく話していました。彼によると、夢の中に我々の信仰対象である賢者様が現れるのだそうです」


 ヴェールさんがそう話し出す。


「私たちの前を離れる時、彼はその話をしてくださいました。だから、ひょっとすると、彼はこうなることを知っていたのかもしれません」


 そう慰めてくれていることが、ヴェールの優しい口ぶりから感じられる。しかし、あたいは何も言えなかった。


 だって、救えなかったのはあたいで、あたいに力があれば救えたんだから。全部あたいのせい。あたいが、未熟なせいだわ。


 ああ、こんなことなら魔法使いになってでも、あの禁術を――


「あ……」


 そっか、そういうことなのね。


 あたいははっと気づいた。


 魔法使いになる人は、みんなこんな気持ちになるのね。


 あたいの後ろで扉が静かな音を立てて開いた。


「ヒヨ様」


 エレちゃんの落ち着いた声がやけに響く。


「どうか、この街を、お救いください」


 震えの無い力強い声音で、大司教エレはあたいに言った。その眼は強い光と決意に満ちあふれていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ