63話 賢者もどき
エレちゃんを助ける……?
「ひょっとして、リューリの街も大変なことに?!」
「ええ。かなり大変なことになっています。実は――」
「話を聞きたいのはやまやまだが」
ジャンが剣を収めて言う。
「俺らも追われてるんだ。進みながらにしよう」
「そうですか……。わかりました。俺がここまで来るのに使った地下通路があります。まだそこはバレていませんから、行きましょう」
御者さんに連れられてあたいたちは道なき道を進む。木々がさらにうっそうとしていて、一層辺りは暗くなったように感じる。兵士の気配も無くて、安心できる反面、少し不安になった。こんな方向に隠し通路が?
そう思っていると、ジャンが御者さんに何かを耳打ちした。暗くてその表情はよく見えないが、小さくうなずいたのが見えた。ジャンは歩みを遅くしてあたいの隣に並んだ。
あたいはこそっと尋ねる。
「何を言ったの?」
「俺は強いぞって言ったんだ」
あたいは首をかしげる。
「なんでそんなこと言ったの?」
「んや、一応な」
微妙な表情のジャンを見て、ようやくあたいはジャンの行動の意味を理解した。
「ジャンって、人を信頼できないの?」
「そういうわけじゃない。ただ、今は慎重になんなきゃだろ? 誰が敵かわからない」
「御者さんが敵だとは思わないわ。だって、魔力が濁ってないもの」
ジャンがあたいを見た。あたいは真剣にジャンの目を見つめる。これは断言できる。リリバの街の峡谷で魔法使いを前にしたとき、確かに濁った魔力というものを感じた。目の前の御者さんからは、その濁った魔力を感じない。
ジャンは言う。
「……わかったよ。賢者の弟子がそういうならな」
やっとジャンは剣の柄から手を放した。剣は納めても、手はかけたままだったのね。本当に慎重なんだから。……まあ、あたいが不用心なだけかもしれないけれどね。
あたいは想像してみた。人間にだまされる自分。ありえない話じゃないわね。まあたぶんその時は、ジャンがあたいを守ってくれるはずだわ。
御者さんが立ち止まった。
「ここです。この岩の裏に出入り口があります」
そう言いながら、御者さんが土を払ってとってを引く。そこには縄ばしごが掛かっていて、地面が見えないほど真っ暗だった。
「ここを通ればいいのね?」
「ええ、その通りです。俺が先に行きますから、あとに付いてきてください。あ、扉はきちんと閉めてくださいね」
御者さん、あたい、ジャンの順番ではしごを下りる。ジャンはきちんと扉を閉めたらしい。かすかな明かりすらも無くなってしまった。
そこでふとあたいは思い出した。
「ねえ、ジャンってたしか暗くて狭いところ嫌いなんだっけ?」
「うっ。おい、今思い出させるなよな。良い感じに忘れてたのに……」
「安心して。明るくしてあげるから」
あたいは魔力を呼び寄せて周囲を照らした。手入れされていない土壁に囲まれていて、ジャンのように苦手ではないにしても妙な恐怖心をあおられる。
ようやく地面に足がついた。あたいはジャンを見上げる。
「飛び降りたらー?」
「そうする、ぜっ!」
ジャンが飛び降りてダンと音を立てて着地した。
それから振り返って、これから進む方向を見る。道には松明が灯りとしてついていて、もう魔力はいらなそうだ。でも、不安だからまだ持っておこう。
「こっちです」
御者さんがそう言って道を進む。
あたいは尋ねた。
「それで、今リューリの街では何が起こってるんですか?」
「それはもう大変なことが起こっています。リューレル教会が何を信仰しているのか、ご存じですか?」
「うん。リューレル教会は賢者を信仰しているんでしょ?」
確か女の司教さん……ヴェールさんだっけな。たぶんそうだ。ヴェールさんがそう言っていた。御者さんはうなずく。
「その通りです。それが国王の反感を買ったようで、三ヶ月ほど前から標的にされているのです」
「まだ大丈夫なのか?」
「ええ。幸いにも、ですね。大司教様が特別な力を発言されまして、その異能のおかげでどうにか」
異能、か。あたいは心当たりがあるので、なんだかちょっとだけ嬉しくなった。
「そういえば、あたい御者さんの名前知らないわ」
「そうでしたね。では、自己紹介をしましょうか。俺はライと言います。どうぞよろしくお願いします」
そう言って御者さんはあたいに頭を下げた。あたいも名乗る。
「あたいはヨイヒって言うの。こっちはおとものルジン」
「ほう、ヨイヒさんとルジンさんですね。よろしくお願いします」
松明の灯りに照らされて、御者さんのにっこりとした笑顔が見えた。
「そういえば、あたいが治療した右膝は大丈夫ですか? あのころのあたいは未熟だったから、上手くいってるか不安だったんです」
「ええ、おかげさまで。何不自由ないですよ。ほら、この通り」
そう言って、ライは右脚をぶらぶらとして見せた。
あたいはふっと微笑む。そして、杖を引き抜いて言った。
「本当は、疑いたくなかったんですけれど」
あたいもよく覚えてたものね。御者さん、あんな名前で呼ばれてなかったわ。それに、あたいが治したのは肘だもの。右か左かは忘れちゃったけどね。
あたいの周りを魔力が浮遊する。
「◼□□◼■」
あたいの頭にパラパラと土が落ちてくる。新しい空気の流れが、松明の炎を揺らした。ジャンが剣を引き抜く音が背後から聞こえる。
「ど、どうなさったのでしょうか?」
「うーん、あたいが治したの、肘だったからさ」
御者さんのニセモノは、焦ったような顔をした。そして表情を豹変させて、杖を引き抜いた。
「こうなったらやけだ! ファイア――がぼっ!」
あたいは杖を振る。無詠唱で発動された水の魔法が、魔法使いの口を塞ぐ。
「あたいが手を出せないのは人間だけ。魔法使いは、許さないんだから」
「――お前らぁ! がっ、や、れぇぇ!」
その声に呼応して、一本だと思っていた道の壁が崩れ、武装した人間が狭い通路に流れ込んでくる。
あたいはジャンの手を掴んで、魔法を使って地上へ向かって飛び上がった。と、穴の出口に網目が見える。
甘く見られたものね。そんなのであたいが捕まると思ってるの?
あたいは魔力を操作して、網を焼き切った。小さな悲鳴が聞こえる。
「このまま飛んでく?」
「いや、俺が下に降りて引きつけるよ」
あたいはむっとした。
「それ、ジャンが戦いたいだけなんじゃないの?」
「……バレたか」
「ずっと前からバレてるってば!」
本当に戦うことが好きなのね。ルガムさんのことをあんまり好きじゃ無いように言ってたけど、ジャンは自分の思う以上にその血を濃く受け継いでる。
あたいは呆れるように息を大きく吐いた。
「このまま飛んでくよ! きっと、向こうも大変なんだろうし、この先どこでも戦えるでしょ?」
「ま、まあな……。すまん、ちょっと理性が効いてなかった」
しょんぼりとジャンが言う。珍しいジャンの様子だ。
「ん、じゃあ行くよ!」
あたいは魔力に力を送って加速を試みる――って、下から魔力の動き!
あたいは力の方向を変えて、ツバメのように右側に平行に移動した。進もうとした方へ、真っ赤な炎の柱が上がる。って、あれ合体魔法じゃない!
「ジャン! やっぱし降ろしてもいい?」
「どうした?」
「魔法使いが一人じゃなかった! たぶん、今の炎の大きさは五人ぐらいの合体魔法のはずよ! そっちをどうにかしないと、無事じゃすまないわ。あたいも戦うから!」
「なるほどな! わかったぜ!」
わかりやすく大きな声でジャンが言う。あたいは自然と笑顔になった。ほんっと、頼もしいんだから!
あたいは地面へ向けて急降下。杖を夜空に突き上げて、大きく唱える。
「シャイニー!」
瞬間、空が真っ白に輝いた。あまりの明るさに、目の前に手を当てて空を見上げる兵士たちと、七人の魔法使いの姿が見えた。
「降ろすよ!」
左手を離すと、体に掛かっていた重量が消えた。そのままの勢いで、あたいは魔法使いたちへと急接近する。
あたいは人間には攻撃できない。だから、いっつもジャンに頼りっぱなしだった。でも今回は特別!
飛ぶあたいと同じ速度で地の上を走るジャンに言う。
「共闘なんて、始めてね!」
「ああ! なんだかわくわくするぜ!」
「もう! そういう場合じゃないってば! ともかく、魔法使いの数を減らしてエレちゃんが少しでも大変な思いをしないようにしよう!」
だからあたいは戦うのだ。あたいの魔法は誰かを助けるためにある!
あたいは杖を向けた。目標は濁った魔力を纏う七人の魔法使い。
「コメット!」
無数の魔力の質量弾が魔法使いに襲いかかる。三人の魔法使いが吹き飛ばされ、残ったうちの二人をジャンが切り伏せた。
残った二人へ、あたいは再び杖を向ける。
「アース!」
地面がぐにゃりと歪んで、二人の魔法使いを突き上げた。どさりと倒れ、指先をピクピクとしている。
「よし、やったわ!」
「やっぱお前強いよな」
「並の魔法使いには負けないんだから!」
むふんとあたいは息巻いた。まあ、あんまり戦いたくは無いんだけどね!
と、どこからか声が聞こえてきた。
「賢者様ー!」
その男の声と同時に、地面をたくさんの脚が蹴る音が聞こえてくる。たぶん、馬だろう。
あたいたちはその方向へ顔を向ける。案の定、馬車がこっちへ向かっていた。馬車があたいたちの前でとまり、ボロボロの身なりをした御者台の男が嬉しそうな声で言う。
「ああ、賢者様! お久しぶりです! あの時お二人を教会まで案内した時の者です! アーチェと言います! 右肘を治していただいた感覚もしっかり覚えています!」
「あなたが本当の御者さん?!」
「ええ、そうでございます! どうにかして牢を抜けて参りました!」
あたいは口元を押さえる。ジャンが驚いた声音で言う。
「俺はてっきり、もう殺されたのかと思ってたぜ」
「アルミルティの街の魔法使いの弟子と関わりのある重要な証人として殺されはしませんでした。さあ、乗ってください!」
あたいたちは大急ぎで荷台に乗る。御者さんが馬に鞭を入れると馬たちはかなりの速さで駆け出した。
「ここまで良く来れたわね!」
「かなり無理をしています。道も整っていませんし。いえ、そんなことはいいのです! 賢者の弟子様!」
「どうか、私の妹、エレをお救いください!」