61話 リベンジ!
「メロンさんごめん! 守ってあげられないかも! 代わりにこれ使ってね!」
そう言って、あたいは地面の岩盤から盾と剣を創り出した。メロンさんはちょっと驚いた顔をしてから、すぐにその二つを受け取る。
「そこまで迷惑はかけねぇぜ! 嬢ちゃん! 頑張ってくれ!」
「うん!」
メロンさんが離れていくのを確認してから、あたいはゴーレムを見た。
どうだろう。きっとこのゴーレムは、あの黒いゴーレムのお兄さんなんだろうとあたいは思う。体は一回り大きいし、動きの端々に知性を感じる。それは他ならぬ、あたいの胴体ぐらいの太さのある「指」の存在が大きいだろう。
そう、指がある。
「すごい技術ね」
そんなゴーレム、ブレイヌの図書館の本にも載ってなかった。まあ、あたいが探せてないだけだろうけれど。
ともかく、ひとつわかることは、あのゴーレムはやばい。油断したら一瞬でぺちゃんこ。
「マジック・インフ・エイジ」
あたいの体が黄色い光に包まれる。体の隅から隅までに力が満ちる。
間髪入れずに唱える。
「シーゴ・アンシ・■■!」
壁面が立方体の形に切り取られ、七つの四角い岩の弾が生み出された。それはあたいの杖の向けた方向へと飛んでいく。
岩と岩がぶつかり合う、低い弾むような音。粉々になって欠片をまき散らしているのは、弾かゴーレム か……。
「うーん、やっぱりそう一筋縄じゃ行かないよね」
準古代魔法で軽く強化はしていたけど、その強度の岩をぶつけても目立った傷がついてない。あたいは額に冷や汗が湧くのを感じた。
ゴーレムが動く。あたいがぶつけた岩の破片。それを掴み取った。
背筋を悪寒がかけ上る。まずい。
「しゃがんで!」
メロンさんはあたいの真後ろだ。焦りを感じながら急いで唱える。
「◼□□◼■!!」
地面が壁となって盛り上がる。直後、大砲のような轟音があたいの造った壁から発せられた。
まさにその威力は大砲だった。急ごしらえとはいえ、造り出した壁にヒビが入っている。
あたいは壁の向こう側を伺った。
「うそっ!?」
直感的に魔力を操作。古代魔法ではない力で造られた壁は、一瞬で破壊された。それでも勢いは抑えられたようで、最初の壁は持ちこたえる。
急いであたいは壁を生み出す。そして考える。どうしよう。めちゃくちゃ強い! 歯が立たない……。というか、黒いのを倒したルガムさんどれだけ強かったんだろ。
ともかく、いつまでもこうしてるわけにもいかない。あたいは壁から飛び出した。
瞬間、視界の端で壁が粉々に砕け散った。
何事かとそちらを見れば、ゴーレムが壁を殴ったようだ。ーーって、メロンさん!
「メロンさん!」
「俺は大丈夫だ! むしろ、ここの方が安全だろうよ!」
瓦礫の下からそう声が聞こえてきた。そう言われたら、あたいは頑張らないと!
「集中!」
自分に喝を入れる。杖を構える。魔力にアイコンタクトを送った。
さっきまでのはただの詠唱魔法! ここからは、本当の魔法の出番なんだから!
「コメット」
魔力たちが集まって、ひとつの凝縮された質量の塊となった。
「ウイ!」
あたいの掛け声と共に、弾がゴーレムへ目に見えない速さで飛んでいく。
しかしゴーレムはただではやられなかった。人形にしてはありえない速度で両腕を動かして、盾にしたのだ。轟音が峡谷に鳴り響く。
あたいは嫌な予感をヒシヒシと感じている。あのゴーレム、本当はもっといろいろなことができるんじゃないの?
「……やっぱり」
あたいは思わずそう零した。砕け散ったはずの腕が、あのわずかな間に魔力によって復元されている。
そう、あたいには見えた。魔力によって復元されているのだ。
「コアを打ち砕くか、消耗戦に持ち込むか、逃げるか……」
残された択は三つ。あたいはあの投擲を思い浮かべた。逃げたとして、あの死の雨から逃れることはできるだろうか。
辞めておこう。あたいたちがバラバラになって宙を舞うことになりそうだから。
消耗戦は? ……ダメね。兵隊が来る。ジャンにも負担がかかっちゃうから難しい。
なら、やっぱり戦うしかないのよ!
「ああもう! これ、まだ使いたくなかったのに!」
あたいはゴーレムの動きに注意しながら、必要な属性の魔力たちを集める。
ゴーレムがグリンとあたいの方を向いた。
「きゃっ!」
ゴーレムがあたいへ向けて跳躍した。強化された脚で飛び退くと、そこにゴーレムの右脚が突き刺さった。
「そんなことしても、許してあげないんだから!」
七色七属性の魔力がかぼちゃほどの、大きさとなって宙に浮かぶ。あたいは赤い魔力に近づいた。
「@(○○☆$!」
あたいが呼びかけると、魔力は意志を持って直線的に黄色い魔力へと向かった。二つの魔力が触れ合って、眩い光を放つ。
「<<!」
次へ、次へと連鎖的に魔力たちがぶつかり合い、融合する。その間にもゴーレムからの攻撃は続けられる。
幸いなのは、ゴーレムが魔力をはっきりと認知することができないこと、だろうか。ゴーレムは魔力を認識して行動するが、この圧倒的な密度の魔力によって認識が阻害されているみたい。あたいへの攻撃はことごとく外れていく。
そうしている間に、七つの魔力がついにひとつに集まった。
「あたいの勝ちよ!」
七色の光を放つ魔力は、周りに転がっている岩よりも大きい。
あたいは杖を振って叫んだ!
「エ8=\\る$%♪!!」
光がゆっくりとゴーレムに近づいていく。ゴーレムは、まるで名画に魅入る人間のようにじっと光を見ていた。
破滅に気が付かぬまま、ゴーレムは手を伸ばし、その繊細な指が光に触れた時。
ゴーレムは光に飲み込まれた。
圧倒的な質量の消失。魔力は上機嫌に飛び回り、峡谷を抜け出して、空の高い高いところまで浮かんでいく。
そして、光だけを発して爆発した。
「……嬢ちゃん。大丈夫か」
「あ、メロン、さん……あはは、大丈夫」
あたいはあまりの魔力の消耗に、その場に座り込んでしまっていた。やっぱり、ここで使うべきじゃなかったかな。まあ、威嚇になればって思って使ったんだけれど。
空を見上げてあたいはふぅと息を吐く。ようやく空から魔法の名残が消えたところのようだ。
古代上級魔力使役魔法の発動は、あたいに余程の負荷を与えたらしい。立てない。逃げるために魔法を使ったのに、これでは本末転倒だ。
「ジャーン。こっちは終わったよー」
か細い声でジャンの名を呼んだ。なんか、来てくれそうな気がしたから。
視界の端に、峡谷から飛び降りるような影が見える。ほら、やっぱり。
「大丈夫か、ヒヨ!」
別れる前よりも多少汚くなったジャンが、あたいに駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫。疲れただけ」
「なら良かった……。無事、メロンさんも助けられたんだな」
「ああ、嬢ちゃんのおかげだよ」
そういえばメロンさん、自力であそこから抜け出せたのね。やっぱり鍛冶屋さんは強いわ。
あたいは長く息を吐いた。
「ジャンは? 大丈夫?」
「おう、あんなやつら敵にもならねえよ。ただ不思議なのは、テラロアが来なかったことだが……。ともかく、すぐに移動しねぇと」
「そう、だね」
あたいは重たい体を起こす。するとふわふわと魔力が寄ってきて、あたいの腕を支えてくれた。
「あはは、ありがとう」
そう魔力に話しかけると、ピカピカと点滅して応えてくれた。ピンクの可愛い魔力だ。
「あたいはいいから、先にメロンさんを逃がさないと」
「そうだな。逃げざまに適当なやつに幻惑の森まで来るように話してあるから、俺はメロンさんを運ぶよ。ヒヨはここで隠れられるか?」
「うん。大丈夫。じゃあね、メロンさん」
「ああ、ありがとうな、嬢ちゃん。また来てくれた時には格別の杖を作ってやるぜ! お代はタダだ!」
「それは嬉しいわ」
どんなのにしてもらおうかな。金ピカで派手なのもいいけど、シンプルな木製のも欲しいな。
そう夢を膨らませているうちに、ジャンはメロンさんを背負って走って行った。静かになった峡谷の底で、あたいはただ目を瞑る。
「残念」
はっとして目を開けた。
そこには、黒衣を纏った女性がいた。
女はあたいに杖を向ける。
「さよなら。それと、ありがとーー」
「させないっ!」
別の男の声がした。次の瞬間、魔法使いへ白い閃光、いや、閃光のように軌跡を描く剣が襲いかかる。
声を発して魔法使いと戦っているのは、ボロボロのルガムさんだった。
「ちぃっ! テラロアは何をしてるのよ!」
魔法使いはそう言って黒い霧を纏って消えた。
間髪入れずに、ルガムさんは地面を蹴って峡谷をかけ上る。まるで人ではない動き。ジャンよりも若さは衰え、だが熟練されたその動き。
「逃げるんだ!」
峡谷の上から、そんな声が聞こえた。姿が見えなくなる。
「ルガムさん!」
そう叫んだあたいの声は、届いたかな。
あたいは呆然とルガムさんが消えていったところを見上げた。そして祈る。お願い、ジャン、早く戻ってきてーー
「ヒヨ!」
「ジャン!」
しばらくしてジャンがものすごい速さで峡谷の奥からやってきた。
「ジャン! 早くるルガムさんを助けないと! 今ならあの人達にも勝てる! あたいだって手伝うから!」
「逃げるぞ、ヒヨ!」
あたいはあたいの耳を疑った。
「どうして?! 戦わないの?! 今がチャンスなの、今しかないの!」
「逃げないとダメだ! とっちゃんが、そう言ったんだ!」
ジャンの顔を見てはっとする。ジャンは、今にも泣き出しそうな顔で語った。
「とっちゃんが、そう言ったんだよ! とっちゃんが、とっちゃんが俺に謝ったんだよ! だから、俺は! 孝行しないと行けないんだ! とっちゃんが逃げろって言うなら、一緒に戦ってくれるなって、生き延びろって言うから! 俺は、うっ、あああ!」
あたいは言葉に詰まった。いったい、今のジャンになんと声をかければよいのだろう。
「わかった」
その言葉はあたいでもびっくりするぐらい素直に口に出た。
「行こう」
あたいがそう言うと、ジャンは涙で頬を濡らしたままの顔で頷いた。
ジャンがあたいを抱き上げて、峡谷をかけ上る。
遠ざかるリリバの街。その全貌が丘に隠れたところで、真っ白い円形のドームが突如として現れ、ズシンという重たい音が耳に届いた。
あたいは、それがとある古代魔法だと悟る。
ジャンも、ほんの少しだけ後ろを振り向こうとして、それを止めて前を向いて走った。
あたいは、ジャンの腕の中からジャンを抱き返したのだった。