表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
三部 一章 たどってきた道
58/79

57話 息子と父

「話は兵士からいろいろ聞いてるよ。大変そうだね。ヒヨくん、ジャンくん」


 ジャンが拳を強く握ったのが尻目に見えた。あたいはそれからルガムさんを見る。


 ルガムさんは、完全な武装状態だった。剣はもちろん、鎧すらも身につけている。しかし自信のなさそうな曖昧な笑みだけは変わらない。


 ジャンが話しかける。


「……何が、大変だって?」

「それは、アルミルティの街の魔法使いと関係があるっていうことがだよ。特にそこのヒヨくんはね」


 あたいは荒く呼吸をする。なぜだか震えが止まらない。このルガムという男から、逃げ出したくてたまらない。


 ルガムは異様な殺気を放っている。それに動じずに、ジャンは口を開いて一歩踏み出した。


「見逃すわけには行かない、ってか?」

「うん。それはその通り。僕にも容疑がかかっているんだ。魔法使いの逃亡を手助けしたんじゃないかってね」

「ヒヨは魔法使いじゃねえよ!」


 ジャンがそう叫びを上げて、剣を引き抜いた。その目線はルガムさんを射抜かんとするほどだった。


 しかし、ルガムさんは剣の柄にも手をかけず、淡々と言葉を発する。


「ああ、確かにヒヨくんは賢者だろうね。だけどね、だからと見逃してくれるほど王都は正常じゃないんだよ」


 ルガムさんは諦めたような笑顔で言った。


「やつらは狂ってる」


 あたいはなぜか、その時のルガムさんを“大人”だと思った。それも、あたいのよく知らない()()の大人だ。


 社会に拘束され、自分の望まないことをやらなければならない。自分の気持ちじゃないものを尊重しないといけない、人間の大人の顔だ。


「わかってるなら、止めてくれるなよ。俺たちはアルミルティにさえ行ければいいんだ」

「止めるよ。君たちは確実に無事でいられない」

「端から俺はそんなつもりはねぇよ!」


 ジャンは叫ぶ。そよ風すら吹いていないリリバの街を、あたいには不気味に思った。


 その時、あたいは異変に気がついた。魔力たちが忙しなく宙を行き来している。それも、ジャンとルガムさんを避けるように。


 ルガムさんは、やる気だ。


「早く通してくれ。後ろから追っ手が来てるんだ」

「おや、そうだったんだね」


 そう口では言いながらも、ルガムさんの手は剣の柄に伸びた。


 ジャンは諦めたように唇を噛んだ。そして、地面を踏み込んでーー


「ああ、本当にそんな覚悟があるんだね……」


 二本の剣を悠々と受け止めたルガムさんは、そう寂しげに呟いた。


 ジャンは悔しげに呻く。ルガムさんは、片手で持った剣で受け止めていた。あたいは驚く。ルガムさんはそんなにも強いのかと。


 鍔迫り合いが続く。すると、どんどんとジャンが押していくのがわかった。ルガムさんが空けていた左手も加えて剣を押し返す。


「ジャン……本当に良いんだな?」

「何回言えばわかるんだよ! 俺たちはアルミルティに行く。絶対にそれは曲げねぇよ!」


 ついにジャンが押し勝った。ルガムさんは後方に飛ばされて、どっかりと尻もちを着く。


 そして、やれやれと首を振り、座ったまま剣を地面へ突き立てた。


「わかった。通すよ、二人とも」


 あたいはもとより、ジャンが目を見開くほど驚いた。だが、すぐにその横顔は悲痛に歪んだ。


「……なんでだよ」

「僕には君たちを止める理由が無くなったからだ」

「そんなわけねぇだろ。いっぱいあるだろ……」

「ううん、無くなったんだよ」


 ルガムさんは、手に何も持たないままジャンの前まで歩み寄った。ジャンはずっと俯いたままだ。


「ジャンくん。最低な父で、ごめんね」


 その時、ジャンははっと顔を上げた。そして何かを言おうとして、けれどそれはついぞ言葉にならなかった。


 ジャンがしゃくりあげる音が、そよ風の上に流れる。


 どうしたら良いのかわからないような雰囲気で、ルガムさんは肩を竦めた。しかしその顔はとても穏やかで優しい顔だ。


 それからルガムさんはあたいの方へ来て言った。


「この街にも、たくさんの兵士がいる。けれどみんな弱いから、君たちは姿を隠して進むだけでいい。ここを通った時のようにね」

「やっぱり、バレてたんですね」

「うん、僕、目も良いんだ」


 やっぱりジャンの一家はみんな凄すぎる。絶対に目だけじゃないよね。耳だっていいはずだ。


「それよりも面倒なのはゴーレムだ。やつら、どこから手に入れたのかたくさんのゴーレムを持ってる。気をつけてね」


 ゴーレム……。いつぞやのゴーレムを思い出した。今はあたいの杖の素材にはなっているけれど、強かったもんね。


「それと、メロンという男が捕まったって聞いた。おそらく君たち関係だろうね」

「っ! メロンさんが……」


 薄々予感してはいたけれど、改めて突きつけられると心にダメージが来る。無視はできない。


 あたいはこの後やることを決めた。ジャンの元へ向かいながらルガムさんへ尋ねる。


「どこにいるんですか?」

「最も大きい峡谷の検問所だよ。ひと目ですぐにわかる。そっちはよろしく頼むね。実は、僕の数少ない大切な友人だからさ」


 へー、そうだったんだ。まあ、ルトンさんとジャンの知り合いなんだから、ルガムさんもそうだよね。


 あたいは一人で納得する。それからジャンに声をかけた。


「ほら、ジャン。メロンさんを助けに行こう」


 ジャンは何も言わずにこくりと頷いた。それから、あたいに手を引かれて歩いていく。


 ルガムさんにすれ違いざまに声をかけた。


「無理、しないでくださいね」

「うん? ああ、大丈夫。ただの趣味だ」


 ルガムさんはそう言いながら、地面に突き刺さった剣を引き抜いた。


 街に入ろうとしたところで、ジャンがあたいの手を振りほどいて振り返った。


「ーー俺も、母ちゃんも、あんたが大嫌いじゃないから!」


 思わず止めたしまいたくなるような声量で、ジャンは続ける。


「だから、だから、また三人で、飯を囲むんだ! なあーー親父!!」


 ルガムさんは振り返ることは無かった。


 けれど、光を跳ね返して輝く鎧のその背中は、何処かたくましかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ