56話 休憩
「これで休憩できるかな」
あたいは地面に魔法陣を書き終えて、ふうと一息つく。ここはあたいの古代魔法で作り出した、地中の家だ。空よりも土の中の方が魔力は安定してるからね。
そして、魔法陣は同じ魔法を展開し続けるのに最も適している。あたいが今書いたのは、形状を維持する魔法陣と、灯りをともし続ける魔法陣。
「お前はそうもいかないだろ?」
ジャンが見透かしたような口振りでそう言う。あたいは渋々頷いた。
「うん。魔力の操作は必要だからね」
ほぼ無意識でできるぐらいの操作とはいえ、ぐっすりと熟睡することはできない。やっぱり、わかっちゃうのかな。
「でも、ジャンが休憩できればいいの」
「そうはいかないだろ」
「できればいいんだってば! ジャンがへたばっちゃったら、あたいすぐ捕まっちゃうんだからね?」
「まあ、そうだな。……そうか? お前だけでも逃げれるだろ」
「大変になるでしょ」
「まあ、確かに」
やっとジャンは頷いた。とにかく、あたいの旅にはジャンが必要なんだから。
ただ、これで移動の時も魔力を使って、となると、さすがにどこかでガタがくるだろう。どうしようかな……。
「なら、移動の時は俺がお前を抱えればいいか」
「うぇっ?! な、なんかやだ……」
「何言ってんだお前」
呆れた目でジャンがあたいを見る。うー、だって、なんか恥ずかしいじゃない。
あたいは、ジャンは恥ずかしくないのかと聞こうとした。けれどやめた。
ジャンはあたいから目を逸らしたのだ。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「お、おう」
照れていないフリはすぐにバレる。ジャンは素直すぎるわ。あたいもジャンから目線を逸らした。
お互い黙ってしまったので、土の箱の中を沈黙が包んだ。
「……寒いね」
「そう、だな」
あたいは壁を背にして座り込んだ。魔法陣が書いてあるから、部屋は広いようで、狭い。
ジャンが、あたいの隣に座る。
「魔剣の炎で温めてやろうか?」
「……なんか違う」
あたいはむすっとした顔を作った。もちろん冗談なのは知ってる。ただ、ちょっとからかいたかった。
ジャンは少し焦ったような顔をして、それから魔剣と愛剣を置いた。そして、さらにあたいに身を寄せる。
「……しばらくゆっくりしようぜ。休憩は大切だ」
「うん。でも、すぐに出なきゃ」
「わかってるよ。それじゃ、俺はこのまま寝るぜ」
「このまま?!」
「おやすみ」
そう言うやいなや、あたいの返事も待たずにジャンが健やかな寝息をたてはじめた。あたいは硬直する。えっ、ジャンの頭が、あたいの肩に……。
「……もう」
急に積極的になるの、やめてくれない?
「全く、男の子なのに」
こういうのって、女の子がするものじゃないの? まあいいや。あたいは自分の心臓の鼓動を感じながら、向かいの土の壁に目をやった。
暇つぶしに魔力をいじる。心なしか、あたいたちの周りを漂う魔力の量が多い気がする。
何? もう祝福ムード?
勘弁してよね。
「それは、あたいが賢者になってからなんだから」
ジャンの頭が少し動いた。
「ほら、ジャン! 起きて!」
あたいはジャンの頭をゆさゆさと揺らす。しかしそれでも起きないので、えいっとジャンの頭を肩から落とした。
ゴンッと鈍い音がして、ジャンが頭を押えて蹲る。そして、ばっと顔を上げて涙目のまま叫んだ。
「お前っ! もうちょっと優しく起こせなかったのかよ!?」
「だって起きないんだもん」
「もっと労わってだな……」
ジャンは言葉を続けようとしたけれど、頭を振って気持ちを切り替えたらしい。まだ不満げだけれど、剣を持って立ち上がった。それから思い出したように背中へ剣を掛ける。
「あー、もういいよ。ほら、行くぞ」
「はいはい。じゃ、よろしくね?」
「わかってる」
あたいはジャンの腕の中にすっぽりと収まって、それから魔法で天井を消滅させた。青空が明るく広がっている。
やっぱり横になれるのは楽ね。実はさっきの姿勢、ちょっと大変だったんだから。少しは感謝して欲しいわ。
なんて思っても、ジャンには伝わってはくれないだろうけれど。
「よし、行くか。揺れるから気をつけろよ?」
「うん。よろしくね」
ジャンが走り出す。その速さは全速力の馬と並ぶほどだ。本当に尋常じゃない力を持ってるわね。
景色が紙芝居のように流れていく中で、あたいは目を瞑った。眠りはしない。ただ、心地のいい揺れに身を任せて。
そうして走って、休憩して、走って、休憩してを繰り返して、ついにリリバの街へたどり着く。
「やあ」
その入口で、ルガムさんはあたいたちに声をかけた。