53話 努力の結晶、出発
それから九日がきっちりと経って、あたいたちは穴の外へと出た。
久しぶりに浴びる陽の光は心地が良い。地下には世にも不思議な人工太陽とかいうものもあったけど、やっぱり本物に限るわね!
と、こちらも時間通りにやってきた。
「ジャン、久しぶり! あれ? なんかムキムキになった?」
「そうか? というか、お前もなんか雰囲気変わったな。なんだか神聖な感じがしないでもないぞ」
「そう?」
あたいは自分の姿を眺めてみるけど、やっぱあんまりそんな感じはしない。強いて言うなら、周りを漂う魔力が変わったかな?
あたいの隣にブリーさんが並んで、穏やかな微笑みで言う。
「ヒヨは素晴らしいよ。魔力に愛される才能がある。わたしは努力は才能に勝ると言ったが、こればかりは何にも変え難いな。ともかく、二人ともお疲れ様」
ブリーさんはあたいの顔を見てからジャンを見て、ほうと唸った。
「ジャンと言っていたな。やはり英雄の子である君も素晴らしいよ。何を学んだ?」
「いろいろです。鈍くて重たいやつから軽くて素早いやつ。それから飛び道具使ってくるやつまで全部戦いましたから」
「さすがだ。む、となるとあいつも負けたのか……ふふふ、面白いな」
ブリーさんが生き生きとした顔で何かを考えている。あたい知ってるわ。こういう時、男の人ってどんなイタズラをしようか考えてるの。でも、ブリーさんに限ってそれはないわね。
あたいはジャンの隣に立った。
「……怪我した?」
「いいや? ノーダメージだ」
「ほんとに?」
「本当だよ! 俺は強いんだからな」
「そうね。ジャンは強いよ」
あたいはそう言って笑った。ジャンはなぜか面食らったように目を丸くして少し後ずさる。
怪訝に思って見ていると、ジャンは手の甲で口元を隠して目を逸らして言った。
「……お前、やっぱり変わっただろ」
「え? そう?」
「変わったんだよ!」
なんでジャンは怒ってるんだろう。でも、なんだか別に気にしなくていい気がする。っていうか、ただの照れ隠しか。
それに気づいて、あたいはなんだか微笑ましくなってしまった。ニマニマとジャンを見ていると、ブリーさんがこほんと咳払いをした。
「さて、君たちはここで特訓をした理由を覚えているかね」
あたいは考える。
「どうしてだっけ?」
「もうちょっと考えろ。あー、やっぱり変わってねーや」
「むっ、失礼な」
あたいはおかえしにジャンの脇腹を肘で小突いた。ジャンは小さな呻き声を上げてそこを押さえた。してやったり。
って、そうじゃないそうじゃない。えーっと、確か……。
「あっ、お師匠様に勝つためだ」
「ああ、その通りだ。ふふ、余程勉強に夢中になっていたようだな。おそらく、今のヒヨにはそれほどの実力がある」
「ええ?! ほ、本当ですか? お、お世辞じゃなくて」
「正確には、ここからアルミルティの街までの道のりの成長を含めて、君の師レーザに勝つ力が付くだろう。その前に君たちはまず、この聖地の外で待ち構えている二人の敵を倒さねばならない」
あたいの隣でジャンが頷いた。あたいはワンテンポ遅れてその敵が何かということを思い出す。
一人はテラロアさんだ。そして、もう一人はいったい誰だろうか。いいや、そういえばいた。
「テラロアと、魔法使いですね」
「ああ。その通りだ」
テラロアはとっても強かった。ジャンと拮抗するぐらいの力を持った、人間とは思えない人間。そして、もう一人はメレーバクの街で見た人影。正体不明の魔法使いだ。
ジャンがあたいに顔を寄せる。
「魔法使いなんていたのか?」
「うん。あたいもちゃんと見れなかったけど、確かにいた。メレーバクの街の張り紙は、そいつの」
「なるほどな。となると、俺はテラロア、ヒヨは魔法使いか……」
ジャンが勝手に作戦を考える。でもあたいは知っている。ジャンは実はテラロアと純粋に戦いたいだけなのだ。
まったく、まだまだ子供なんだから。
「まあ、キツかったらヒヨ、頼むぞ」
「……んえ? あ、うん」
訂正。ジャンはちょっと大人になった。
「今日ぐらいは休んでいくといい。長く辛い旅になるだろうから」
ブリーさんにそう言われて、あたいとジャンは顔を見合せた。そして、お互い笑みを浮かべて頷く。
「大丈夫です! あたいたちは、今日から出ます!」
「本当かい? それはとても大変なことだと思うが」
「大丈夫です。それに、俺はもうそんなに歓迎されそうにない。ちょっと俺は強すぎたみたいです」
「ははは! そうかそうか。ならば何も言うまい。あのファムという子は、わたしが責任を持って面倒を見よう。そして、どうか無事に賢者となって再び会えることを楽しみにしているぞ」
ブリーさんの手の動きに合わせて、周りの魔力があたいたちの周りをふわふわと飛んだ。ジャンにも見えるらしく、どこか感動したように目を輝かせている。
「君たちの旅路に祝福を!」
―― ―― ―― ―― ――
石畳をテクテクと歩きながら、あたいはジャンに尋ねる。
「ねえねえ、ジャンはどれだけのゴーレムとか賢者を倒したの? なんかあたいたちすごい目で見られてた気がするけど」
「この三日間で、ざっと五十人とは戦ってみたな。まあ、どれも圧勝だった。けどブリーさんレベルになると厳しそうだな」
へー。でも、もう賢者を倒せるぐらいジャンは強くなったんだ。すごいな。きっと、成長したらルトンさんみたいに無敵の力を手に入れるんだろうな。
今度はジャンがあたいに聞いた。
「お前はどうだった? またいろいろ魔法を覚えた、ってだけじゃないと思うけど」
「よくぞ聞いてくれたわね!」
あたいはここぞとばかりに杖を取り出して、空を指した。
「あたいが使えるようになった魔法の数、実に百を超えたわ!!」
「うええ?! マジかよ。お前、そんなに頭良かったのか? いっつもそんな感じ全然ないのに」
「ねえ、遠回しに馬鹿って言った?」
ジャンは否定せずに視線をそらした。ふむ。この旅路、どうしてあげようかしら。
ただ、ジャンの純粋な驚いた声と顔は新鮮だったので、それだけで許してあげることにした。
「別に覚えたわけじゃないの。なんかね、魔力の使い方を覚えたから、勝手に使えるようになった、っていう感じ」
「……どういうことかわかんねぇな」
「うーんと……力の流れ? みたいなのがわかったの。型にはめなくても良くなったの」
「ああ、それならわかる。剣士にとって一番大事なことだ。……なら、ひょっとしてお前だいぶ無敵か?」
「どうだろ。でも、並の賢者よりは強くなったって言われたよ? ブリーさんレベルには到底及ばないけれどね」
しかし、あたいはまだ賢者じゃないんだ。まだ賢者の弟子なのに、並の賢者より強いと言われてしまった。どうしよう。なんだかすごく申し訳ない気がする。
けれど、あたいが自分で努力して手に入れた力だから、別にそんなこと思わなくていいのかな。
ジャンはほーんと適当な相づちを打った。
「ともかく、俺らは強くなったわけだ」
「うん、だね」
「どうする? すぐに戦うか?」
「うーん……」
ここを出たら、きっとすぐにテラロアと遭遇することになるだろう。で、いきなり戦ったとする。すぐにこの賢者の聖地に逃げ込めるかもしれないけれど……。
「でも、あたいは人間を攻撃できないからね? 賢者の弟子だから、ファムちゃんと違って魔法使いになっちゃう」
「あー、なるほどな。なら、下手な戦闘は避けた方がいいか。あ、だけどよ、もし目の前とかに現れたら」
ジャンがそう言ってパンチを目の前の空間へ放った。
「な?」
「もう、仕方がないんだから」
あたいはそうジャンに微笑む。霧があたいたちを包み始めた。
さあ、ここを出たらすぐにまずは自分の体を強化して、ジャンに抱っこされないようにしなきゃ。動揺して魔力が暴れちゃうかも。なんてね。
あたいは紫の水晶の杖に意識を割いた。ジャンも、自分の愛剣と魔剣の両方を持つ。
霧が晴れる――
「――待ってたよ。魔法使いと少年くん」
テラロアは、あたいたちが出る場所がわかっていたかのようにあたいたちに立ち塞がった。
けれど、あたいたちにはもう相手をする気はない。
ああ、久しぶりにジャンと話したり、力を手に入れることができたからかな? なんだかテンションがおかしいかも。本当はここって、シリアスな場面なんだろうに。
あたいとジャンの目が合う。そして、思わず吹き出した。ジャンが呼びかける。
「テラロア」
「なんだい?」
「悪いな。ちょっと時間がねぇんだ」
ジャンが軽く地面を踏んで助走をつける。そして、怪訝な顔をしたテラロアがその異常事態に気づいた時には、すでに避けようが無かった。
ジャンの剣が、テラロアの剣を打ち砕く。
「また後でな!」
「後でなくていい!」
呆然と立ち尽くすテラロアの隣を、あたいとジャンは駆け抜けていく。っていうか、できればここでおさらばしたいわね!
あたいとジャンは笑いながら走った。
メレーバクの街はすぐそこだ。