表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 四章 賢者の聖地
51/79

50話 悲劇

 あたいたちは、ブリーさんに案内されて灰色の街を歩いている。けれどそれは穏やかな散歩じゃない。ジャンとファムちゃんは警戒しっぱなしだ。さっき、ブリーさんにも言われたというのに。「安心しなさい」と。

 

 あたいはなんだか少し申し訳なくなった。


 ふとあたいは思い出して、ブリーさんに尋ねる。


「あの、ファムちゃんのご両親を知りませんか? もしかしたら、と思って一緒に連れてきたんです」

「ああ、知ってはいるよ。ただ、彼らの行方を知っているわけではない」


 ブリーさんがファムちゃんへ目を向けた。


「すまない」


 ファムちゃんは、少し悲しそうに俯いた。ブリーさんは顔を前に戻した。


 あたいは再び尋ねる。


「それと、あたいの両親についても知りたいんです」

「……皮肉なことに、君の両親の話なら、たくさんすることができる。たくさん、記されている」

「記されている? そんなにすごかったんですか?」

「ああ、凄くも凄まじくもあった……。続きはここでしよう」


 そう言ってブリーさんが立ち止まったのは、別段変わりのない、ここまでのと同じ形をした家の前だ。


 あたいはこくりと頷いた。ブリーさんが木の扉を開けて、後ろに続いてあたいたちも入る。


 あたいは先手を打つように、最後に入ってきたジャンへ言う。


「ジャン、ちゃんと閉めといてよ。いっつも半開きなんだから」

「……ああ、わかった」


 ジャンは言われてきちんと扉を閉めた。まったく。まだ警戒してるのね。どうせ、意図的に扉を開けっ放しにしておくつもりだったんだろうな。


 けれど、あたいが今したいのは、きちんとこのブリーさんへ“信頼”を見せることだ。不誠実なことはしたくない。


 家の中は、外見と同じく簡素なものだった。木の机と椅子、分厚い本が詰まった棚が二つ、奥にはキッチンらしきものがある。それだけ。


 ブリーさんは、あたいたちに椅子へ座るように促した。あたいたちは腰掛けて、ブリーさんを見る。


 ブリーさんは、本棚から他と比べて薄い、一冊の本を取り出した。


「ヒヨ、と言ったね。ヒヨは、両親について何か知っているかい」

「ファムちゃんの見せてくれた記憶で、少し思い出した……程度ですね」


 あたいはあの幻の世界を思い出す。幼いあたい。死んじゃったお母さん、泣くお師匠様、剣を持ったルトンさん。あと、魔法使いになった、お父さん。


 あたいはブリーさんから目を逸らした。


「ふむ。そうか。……ならば、やはり教えてやらなければならないな」


 そう言って、ブリーさんはあたいたちの前に持っていた本を広げた。そこには、こう書いてある。


『アルミルティの街の悲劇』


「おい、嘘だろ」


 ジャンが目を見開いた。あたいにはそれがどうしてかわからなかった。けれど、この名前、どこかで聞いたことがある気が……。


 思い出した。あたいは立ち上がる。


「お師匠様が、殺された街?! な、なんでこの本を?!」

「まあ、落ち着きたまえ」


 落ち着いてなんてられない。だって、ここまでの話の流れは、あたいの両親に関係するものだ。それが、どうして突然、お師匠様に関係する地名が出てくるのか。


 ……待って。あたいの両親に関係するものを出しただけ、だったら?


 いいや、そもそも、アルミルティは、昔魔法使いに焼き尽くされた街だ。


「……そうなん、ですか」

「ああ。君たちの理解で正しい」


 あたいのお父さんが破壊した街が、お師匠様の処刑場。あまりにも偶然がすぎる。……いいや、必然だったんだ。だって、あの街は魔法使いの処刑場だったから。


 ブリーさんは話を続けた。


「アルミルティの街は、過去に一度、とある魔法使いに破壊しつくされた街だ。メロウジスタの英雄が魔法使いを止めるのが早くてよかった」

「メロウジスタの英雄……。そっか、じっちゃんが……」

「む? 君、今なんと言ったんだい?」

「ああ、メロウジスタの英雄、もといルトンは、俺のおじいちゃんなんです。俺はその孫だ」

「ほう。だからあの悪魔を切り刻めるほどの力を持っていたのか。納得だ」

「それで、ブリーさん。なんで、あたいのお父さんは、街を破壊したんですか?」

「ああ、そうだな。まったく、話すことが多すぎて困るよ」


 ブリーさんは困った表情をして、それからページをめくった。


「君のお父さんは、賢者の中でも上位に位置する者。大賢者の称号を持っていた。お母さんも名のある賢者だった。ここに来た二人をよく冷やかす者も多かったよ」


 懐かしむようにブリーさんは笑った。あたいにはそれがまったく想像できなかったけど、やっぱり良い人だったんだな、なんて場違いなことを考えていた。


 けれど、次のページをめくった時に、ブリーさんの表情は険しくなった。


「しかし、彼らを捕まえた人間がいた。どこからか嗅ぎつけたのだろうな。そうして二人は捕まって、拷問を受けたはずだ。元より魔女狩りはすでに起っていて、何人もの賢者と、罪のない人々が弄ばれては殺されていた。今も、そうだ」


 あたいはこくりと頷いた。断頭台の上のお師匠様の姿が頭をよぎる。


「君のお母さんは殺されることになった。それを聞かされた君のお父さんは、大魔法使いへと姿を変えた。そうして街は滅ぼされた……。これが、君の父が作った惨劇の全てだ」


 あたいは何も言わずに俯いた。そして考える。あたいのお父さんは、正しいことを成し遂げたのか。


 答えはすぐに出た。それは、賢者としては正しくなかった。けれど、父としては、夫としては正しかった。そのおかげで、あたいは今ここにいる。


 それに、お母さんもたぶん、何もしなかったわけじゃない。そんな気がする。


 だから、あたいにとって二人は正しかったんだ。


「……ひとつ、言わなかったことがある」


 ブリーさんがそう話し始めたので、あたいは顔を上げた。ブリーさんはあたいの目を見て言う。


「ヒヨは、賢者にどうやってなるのか、知っているかい?」

「はい。賢者の師匠に推薦されること、だったと思います」


 お師匠様が昔に言っていた。どこで、どうやっては聞かなかったけれど、たぶんここに連れてくるつもりだったんだろうな。


 ブリーさんは頷いた。


「ああ、その通りだ。しかし、実はもうひとつ、方法があるのだ」


 もうひとつ? そんなの、教えてくれなかったな。


 あたいは身を少し乗り出した。ブリーさんは口を開いて、淡々と述べた。


「魔法使いを殺すことだ」


 ーーえ?


 一瞬だけ、あたいの頭の中が真っ白になる。続けてブリーさんは言う。


「君の師匠、レーザはあの日、君の父、大魔法使いカルドを殺したことで大賢者の称号を得た。そして、今度は君の番だ。君は、彼を殺さなければならない」

「え……?」


 あたいの頭の中が一瞬にしてぐちゃぐちゃになる。もう、ブリーさんが何を言おうとしているのかもわからないし、あたいに何を提案しようとしているのかもわからない。


 目を回すような状態のあたいに向けて、ブリーさんはトドメの一撃を放った。


「君は、魔法使いレーザを殺して、賢者となるのだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ