50話 悲劇
あたいたちは、ブリーさんに案内されて灰色の街を歩いている。けれどそれは穏やかな散歩じゃない。ジャンとファムちゃんは警戒しっぱなしだ。さっき、ブリーさんにも言われたというのに。「安心しなさい」と。
あたいはなんだか少し申し訳なくなった。
ふとあたいは思い出して、ブリーさんに尋ねる。
「あの、ファムちゃんのご両親を知りませんか? もしかしたら、と思って一緒に連れてきたんです」
「ああ、知ってはいるよ。ただ、彼らの行方を知っているわけではない」
ブリーさんがファムちゃんへ目を向けた。
「すまない」
ファムちゃんは、少し悲しそうに俯いた。ブリーさんは顔を前に戻した。
あたいは再び尋ねる。
「それと、あたいの両親についても知りたいんです」
「……皮肉なことに、君の両親の話なら、たくさんすることができる。たくさん、記されている」
「記されている? そんなにすごかったんですか?」
「ああ、凄くも凄まじくもあった……。続きはここでしよう」
そう言ってブリーさんが立ち止まったのは、別段変わりのない、ここまでのと同じ形をした家の前だ。
あたいはこくりと頷いた。ブリーさんが木の扉を開けて、後ろに続いてあたいたちも入る。
あたいは先手を打つように、最後に入ってきたジャンへ言う。
「ジャン、ちゃんと閉めといてよ。いっつも半開きなんだから」
「……ああ、わかった」
ジャンは言われてきちんと扉を閉めた。まったく。まだ警戒してるのね。どうせ、意図的に扉を開けっ放しにしておくつもりだったんだろうな。
けれど、あたいが今したいのは、きちんとこのブリーさんへ“信頼”を見せることだ。不誠実なことはしたくない。
家の中は、外見と同じく簡素なものだった。木の机と椅子、分厚い本が詰まった棚が二つ、奥にはキッチンらしきものがある。それだけ。
ブリーさんは、あたいたちに椅子へ座るように促した。あたいたちは腰掛けて、ブリーさんを見る。
ブリーさんは、本棚から他と比べて薄い、一冊の本を取り出した。
「ヒヨ、と言ったね。ヒヨは、両親について何か知っているかい」
「ファムちゃんの見せてくれた記憶で、少し思い出した……程度ですね」
あたいはあの幻の世界を思い出す。幼いあたい。死んじゃったお母さん、泣くお師匠様、剣を持ったルトンさん。あと、魔法使いになった、お父さん。
あたいはブリーさんから目を逸らした。
「ふむ。そうか。……ならば、やはり教えてやらなければならないな」
そう言って、ブリーさんはあたいたちの前に持っていた本を広げた。そこには、こう書いてある。
『アルミルティの街の悲劇』
「おい、嘘だろ」
ジャンが目を見開いた。あたいにはそれがどうしてかわからなかった。けれど、この名前、どこかで聞いたことがある気が……。
思い出した。あたいは立ち上がる。
「お師匠様が、殺された街?! な、なんでこの本を?!」
「まあ、落ち着きたまえ」
落ち着いてなんてられない。だって、ここまでの話の流れは、あたいの両親に関係するものだ。それが、どうして突然、お師匠様に関係する地名が出てくるのか。
……待って。あたいの両親に関係するものを出しただけ、だったら?
いいや、そもそも、アルミルティは、昔魔法使いに焼き尽くされた街だ。
「……そうなん、ですか」
「ああ。君たちの理解で正しい」
あたいのお父さんが破壊した街が、お師匠様の処刑場。あまりにも偶然がすぎる。……いいや、必然だったんだ。だって、あの街は魔法使いの処刑場だったから。
ブリーさんは話を続けた。
「アルミルティの街は、過去に一度、とある魔法使いに破壊しつくされた街だ。メロウジスタの英雄が魔法使いを止めるのが早くてよかった」
「メロウジスタの英雄……。そっか、じっちゃんが……」
「む? 君、今なんと言ったんだい?」
「ああ、メロウジスタの英雄、もといルトンは、俺のおじいちゃんなんです。俺はその孫だ」
「ほう。だからあの悪魔を切り刻めるほどの力を持っていたのか。納得だ」
「それで、ブリーさん。なんで、あたいのお父さんは、街を破壊したんですか?」
「ああ、そうだな。まったく、話すことが多すぎて困るよ」
ブリーさんは困った表情をして、それからページをめくった。
「君のお父さんは、賢者の中でも上位に位置する者。大賢者の称号を持っていた。お母さんも名のある賢者だった。ここに来た二人をよく冷やかす者も多かったよ」
懐かしむようにブリーさんは笑った。あたいにはそれがまったく想像できなかったけど、やっぱり良い人だったんだな、なんて場違いなことを考えていた。
けれど、次のページをめくった時に、ブリーさんの表情は険しくなった。
「しかし、彼らを捕まえた人間がいた。どこからか嗅ぎつけたのだろうな。そうして二人は捕まって、拷問を受けたはずだ。元より魔女狩りはすでに起っていて、何人もの賢者と、罪のない人々が弄ばれては殺されていた。今も、そうだ」
あたいはこくりと頷いた。断頭台の上のお師匠様の姿が頭をよぎる。
「君のお母さんは殺されることになった。それを聞かされた君のお父さんは、大魔法使いへと姿を変えた。そうして街は滅ぼされた……。これが、君の父が作った惨劇の全てだ」
あたいは何も言わずに俯いた。そして考える。あたいのお父さんは、正しいことを成し遂げたのか。
答えはすぐに出た。それは、賢者としては正しくなかった。けれど、父としては、夫としては正しかった。そのおかげで、あたいは今ここにいる。
それに、お母さんもたぶん、何もしなかったわけじゃない。そんな気がする。
だから、あたいにとって二人は正しかったんだ。
「……ひとつ、言わなかったことがある」
ブリーさんがそう話し始めたので、あたいは顔を上げた。ブリーさんはあたいの目を見て言う。
「ヒヨは、賢者にどうやってなるのか、知っているかい?」
「はい。賢者の師匠に推薦されること、だったと思います」
お師匠様が昔に言っていた。どこで、どうやっては聞かなかったけれど、たぶんここに連れてくるつもりだったんだろうな。
ブリーさんは頷いた。
「ああ、その通りだ。しかし、実はもうひとつ、方法があるのだ」
もうひとつ? そんなの、教えてくれなかったな。
あたいは身を少し乗り出した。ブリーさんは口を開いて、淡々と述べた。
「魔法使いを殺すことだ」
ーーえ?
一瞬だけ、あたいの頭の中が真っ白になる。続けてブリーさんは言う。
「君の師匠、レーザはあの日、君の父、大魔法使いカルドを殺したことで大賢者の称号を得た。そして、今度は君の番だ。君は、彼を殺さなければならない」
「え……?」
あたいの頭の中が一瞬にしてぐちゃぐちゃになる。もう、ブリーさんが何を言おうとしているのかもわからないし、あたいに何を提案しようとしているのかもわからない。
目を回すような状態のあたいに向けて、ブリーさんはトドメの一撃を放った。
「君は、魔法使いレーザを殺して、賢者となるのだ」