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あたい賢者になるっ!   作者: 今野 春
二部 四章 賢者の聖地
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49話 聖地での出来事

「ファムちゃんが、魔法使い……?」


 ファムちゃんが逃げるようにあたいの腕から降りて、しかし逃げ場はなくて、あたいの腕にしがみついた。


 あたいはきっと賢者のおじいさんを睨む。


「ファムちゃんが魔法使いだっていう証拠はどこにあるのよ!」

「賢者にもなれば、すぐに魔法使いと賢者の違いはわかるようになるわい。魔力が濁るからな」


 おじいさんは髭を撫でつけながら言う。


「悪の感情を持って魔法を行使すれば、その魔法は濁ってしまう」

「……そんなはずない」


 あたいは腕を掴んでいるファムちゃんの手を、杖を持っていない左手で握った。ファムちゃんの手は、緊張でカチコチに固まっていた。


「おい、じじい」


 ジャンが声を発する。


「こいつは、殺してもいいんだろうな」

「構わんよ。殺せるものならの」

「なら遠慮なくやらせてもらうぜ」


 わずかに声に怒りを孕みながら、至って冷静に目に止まらない速さでジャンが剣を鞘に収めた。


 おじいさんが訝しげに眉をひそめる。ジャンは、悪魔から視線を外した。


「なんじゃ、倒さぬのか」

「はぁ? 見えなかったのかよ。賢者の名折れだな。ヒヨのお師匠様なら見えてただろうよ」


 ジャンの後ろで、悪魔がバラバラに崩れ落ちた。その肉片はチリとなって、風に乗って散っていく。


 あたいたちを囲む賢者たちがざわめいた。おい見えたか。いや見えなかった。そんな声が聞こえる。


 ジャンは怒っていた。だって、今の速さはあたいでもわからなかったもの。ジャンの戦いをよく見ている、あたいでさえ。


「説明もなくいきなり殺そう、っていうのはおかしいんじゃねぇか」

「小僧が。賢者の弟子でもないのによく言う」

「その普通の人間でも、じじいがファムにしようとしたことぐらいできるんだぜ」


 ジャンがそう言って、地面を足でトントンと叩いた。


 険悪な雰囲気が漂う。あたいの耳には、ファムちゃんの荒い息づかいだけが聞こえる。


「よさぬか、バーベル」


 おじいさんの背後から、太く低い声がした。それはおじいさんの名前だったのか、おじいさんが振り向く。


 あたいたちもその声の主へ目をやった。


「はい、なんでしょうか、ブリー様」


 現れたのは、背筋のピンと伸びた、淡いクリーム色の髪と髭をしたおじいさん。けれど、体格も良くて若い印象を与えられる。


 あたいは驚いて、というかーー感動した。


 普通、賢者というのは魔力を操る存在だ。だから、無意識のうちにも魔力を取り込もうとしたり、逆に魔力を避けようとする操作が起こる。目の前のおじいさんは後者で、魔力が近くにない。


 けれど、この、ブリーって呼ばれた人の周りは、魔力が停滞してる。


 しかもきっと自分に都合のいい魔力なのだろう。大きさや質が全て似通っていて、一貫性がある。それも無意識に行っているように見えるんだから、すごい。


 いったい、どれだけの研鑽と修行を積めばあれを会得できるのか……。


 そのすごいおじいさん、ブリーは、大仰にため息を吐いた。


「バーベル。お前は大した賢者でもないのだから、もう少し口を慎み、穏やかな心を持て」

「……わしよりあいつらの方が下じゃ」

「はぁ? なんだ、じじい。俺がお前の下だとは思わねぇぞ」

「彼の言う通りだ。お前はたちまち負けるだろう」

「し、しかし……」

「それに、ポテンシャルやスキルについては、彼女の方が遥かに上だな」


 そう言ったブリーと、あたいの目が合う。……ちょっと嬉しいこと言ってくれるじゃない。ちゃんと“さん”付けするわ。


「だから、お前は下がれ」

「……かしこまりました」


 ブリーさんに言われて、バーベルはすごすごと下がって行って、いつの間にか立ち込めてきていた霧の中に消えていった。


 あたいは舌を出したくなったが、すごい賢者様の前なのでなんとか押し止めた。ジャンはやってたけどね! まったく、お子様なんだから。


 って、それどころじゃないや。


「……あの」

「ん? どうしたんだい?」

「この子は、魔法使いなんですか?」


 あたいは、手を握って話さないファムちゃんの頭をぽんぽんと撫でてあげながら尋ねる。


 ブリーさんは、こくりと頷いた。


「ああ、そのようだ。彼女の魔法には迷いがある。いったいどんな魔法を?」

「幻惑魔法です。それで、父母のいない森の中で人間から食料を……その、貰っていた、というか」


 若干ファムちゃんを庇おうとして、少し濁した言い方になってしまった。しかし、それだけで十分にあたいが何を言おうとしたのかを察したらしい。


「それは、判別しにくいところだな。黒とも白とも言えぬ。……だが、そうだな。そもそもその子は幻惑魔法しか使えぬし、賢者でもないのだろう?」


 あたいはファムちゃんの背中をぽんぽんと叩いた。すると、ファムちゃんはすごく小さく頷く。


 ブリーさんはふっと笑った。


「ならば、その子は魔法使いではない。しかし、その子を導いてやる賢者が必要になるな。名前は?」

「ヒヨです。一応、賢者レーザの弟子、でした」


 あたいがそう伝えると、ブリーの表情が僅かに変化した。それも、どうやら良くないふうだ。


 あたいはブリーさんが何かを喋り出すのを待つ。


「……わかった。ひとまず、この街の中に案内しよう」


 ブリーさんが、手を宙で動かす。すると、みるみる霧が晴れていき、街の全貌が明らかになった。


 リューレル教会よりも小さいが、それよりも古い灰色の壁とコケと草まみれの屋根。そんな大きな建物が、古い石造りの街並みの奥に見える。


「ようこそ。歓迎しよう。聖なる賢者の街、ブレイヌに」

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